遙か彼方までの夕暮れ
08.黄昏に、さよなら。暁に、ありがとう
「これからもずっと。俺が側に居るよ、ライドウ。……だから、――……。」
泣くな、と。
大丈夫だから、と。
そう、言えばいいのだろうか?
否……言葉で慰めるには。
重すぎる、陰。哀しすぎる、痛み。立ち直ったとはいえ、やはり簡単に癒せるものではない。
だから、鳴海は掛ける言葉を失いながらも、ただ黙ってライドウを抱き締める。
それだけが、唯一出来る癒し方なのだというように。
やがて、ライドウが顔を上げて窓の外を見ながら呟いた。
「ああ……もうすっかり、夜が明けてしまっていたのですね。」
昇る暁の光に眼を細めるライドウに、鳴海も視線を同じ方へ向けて。
「うん、そうだね。……ようやく、夜が明けた。」
◇ ◇ ◇
「……。」
「あ、ライドウ……?」
鳴海の腕の中で大人しく窓の外を眺めていたライドウが、不意に腕から逃れて立ち上がった。
意図が分からず、慌てた鳴海が声をかけると、ライドウは肩越しに視線を投げて。
「ああ、どうか鳴海殿は、そのままで。窓を少し開けたくなったものですから。」
ライドウがそう言って微笑し、窓辺に向かうのを見ながら、鳴海が肩を竦めて溜め息を吐いた。
「良かった。……俺は、てっきり――」
「俺が心変わりをしたとでも……そう、お思いになられましたか?」
窓を開けながら、ライドウが背を向けたままで答える。
その声音に少しばかりの苦笑が混じっているのを感じ、鳴海が頭を掻いた。
「ん、まぁ……ちょっとは、ね。」
「それはやはり、俺が、鳴海殿の満足するようなものでは無いからですか?」
「あ、いや――そういうわけじゃない。違うぞ、ライドウ!?」
ライドウの静か過ぎる返答に、鳴海が慌ててベッドから降りて側に近づいた。
「違うんだよ、ライドウちゃん! そんなことは――……!」
誤解を解こうと、背後から抱き締める鳴海の耳に。
「……ふふっ。」
柔らかな微笑の声が、聞こえた。
「……ライドウ?」
訝しみつつ、そっと声を掛けて肩越しから顔を覗き込んでみれば、ライドウが鳴海のほうを見返して、口を開いた。
「失礼。鳴海殿が俺の気持ちを疑うものですから、つい――……意地悪を。」
機嫌の良い猫のように眼を細めて笑う、ライドウに。
「……大人をからかうもんじゃないよ、ライドウ。」
鳴海が嬉しそうな顔で咎めて。
顔を近づけ、口付けを一つ。
「ねぇ、ライドウ――……。」
ライドウを抱き締め、窓の外を眺めながら、鳴海が話し出す。
「全てが片付いたら、綺麗な夕焼けの中を一緒に歩こうよ。
そして、一緒に空を見上げて、雲の中にゴウトのような形を見つけて、二人で笑い合おう?
手を繋いでさ、歩こうよ。拓けた道を一緒に、何処までも。」
「鳴海殿……。」
それを聞いたライドウが、絶句したかのように沈黙した。
まだゴウトの名前を出すのは辛いか?
けれども、そんな鳴海の杞憂は払われる。ライドウが、胸の前に回された鳴海の腕に、こつりと頭をぶつけてきたからだ。
「そう、ですね……はい。一緒に、歩きましょう……ずっと――……一緒に……。」
泣きそうな声音と共にライドウが頷くのを感じ、安堵感と愛しさに溢れた鳴海が、ライドウの髪に顔を摺り寄せて笑う。
「うん……。一緒だよライドウ。……だからさ、もう――泣かないでくれよ。」
「すいません……すいません、鳴海……けれど、これは……この、涙は……。」
止められないんです。
貴方の言葉が嬉しくて。
止まらないんです。
貴方の優しさが温かくて。
とても、とても。
俺なんかには勿体無くて、ありがたすぎて。
緩やかな幸せが、胸に響いて、――ああ、だから、どうか。
「今、もう、少し……だけ。どうか、あと少し……涙することを、お許し……くださ――……。」
そう言って、ライドウが腕に強くしがみ付き、静かに涙を流す。
「うん。……わかった。わかったよ、ライドウ。存分にお泣きなさいな。」
闇に還るものではなく、光を迎える涙だから、俺は止めない。
いいから。泣いてもいいから。
「――愛してる、ライドウ。」
「は……い。俺も、俺も……鳴海、どのっ……」
髪を梳く指先、身体を抱き締める腕、添いかかる胸の中は温かく。
あれほど嫌っていたものが、実はこんなにも安らげるものだとは。
ああ。ゴウト、ゴウト。
お前の言ったとおりだ。何もかもが、言ったとおりだよ。
人は――鳴海殿は、こんなにも温かくて優しくて……。
胸を走る痛みは、切ないけれど愛しいもので。
ありがとう、ゴウト。
もう直ぐ、全てが終る。
いいや、終らせる。
だから、心配しないで見ていてくれ。
黄昏の向こうから。
どうか、見届けていて欲しい。
この、一つの結末を。
ありがとう、ゴウト。
そして、さようなら。
また、いつか。
黄昏の中で――。