猫と書生と所長さんの一日
02.欲望という名の肴
とくとく、と液体を注ぐ音がする。
それに気をとられていると、不意に顎を掴まれ、上を向かされたライドウの目の前に突きつけられたのは、酒が並々と注がれたグラス。
「じゃあさ、手伝ってよ、ライドウ。」
グラスが押し付けられ、顎を抉じ開けられ開かされた口の中に注がれる。
「何、んっ……ふっ……――かはっ」
強い酒に喉を当てられて、ライドウが大きく咽返る。
飛び散った水滴を見て、鳴海が哂う。
「あーあ、勿体無い。駄目じゃないかライドウ。」
「はっ、けふっ……はっ、な、なる……何、を、され……」
「お酒は上手に呑まないと。ほら、手伝ってあげる――」
言葉を無視し、鳴海が再びライドウの顎を掴み上げる。
「……っ……み、どの……どうか、お止め、くださ……」
咳き込んで目尻に涙を浮かべるライドウに、鳴海は不自然なほど穏やかな笑みを見せて。
グラスの中身を呷ると、そのままライドウに口付けた。
口中に強引に流し込まれる、強い酒。
「ふっ、……ん、ぐ――ん、んんっ!」
押し退けようにも、相手はびくとも動かない。
一気に流し込まれた酒は喉を通り、肺腑を焼き尽くす火へと変わる。
「ほら――まだまだ残ってるよ、ライドウ。」
グラスにいちいち注ぎ足すのが面倒になったのか、瓶から直接、酒を口に含む。
そして――それをライドウに、流し込む。
何度も、何度も。
その中身が、空になるまで。
「かは……っあ……、あ、あぁ……」
慣れない酒を多く呑まされたライドウが、放心したように、ぐたりとする。
口端から唾液と酒が零れ、目尻から流れる涙と混ざって、顎を伝う。
「あはは、ライドウちゃんには少ーし強かったかな。」
鳴海が笑って、ライドウの帽子を取り除けた。
視線も虚ろに、はぁはぁと喘ぐライドウの頬は酒の為か紅潮している。
薄っすらと開いた濡れた唇、そこから覗く艶やかな舌、涙で潤んだ双眸、下を見れば白い足が着物の裾から覗いて艶めかしい。
「ほーんと、ライドウって罪な存在だよな。」
「……何――っ……、……もう、部屋に……帰して……」
口調が崩れ出しているのに気づいた鳴海の笑みが、深くなる。
「まだ、駄目だよ。こんなライドウを見て、素直に俺が帰すと思う?」
「や、……っ……もう、嫌……――もう、どうか、赦して、……もう、嫌だ――!」
両手を上げ、顔を隠すようにしてライドウが泣き声を出す。
子供のようなその姿態に、鳴海がごくりと喉を鳴らす。
「大丈夫、ほら、怖くないから――ちゃんと、慣らしてから……してあげる。」
「や、だぁ……――ゴウト……ゴウ、」
足を開かせて内股をなぞれば、敏感に反応してライドウが上体を弓なりに反らした。
「ひっ――……あ……っや、だ……――!」
上がる高い嬌声は、口付けで飲み込んで――。
◇ ◇ ◇
「――鳴海殿、こんな場所では御風邪を召してしまいます。」
ライドウの声に、鳴海が目を開けた。窓辺を見遣ると、ライドウが規律良い姿勢で立っている。
「お休みになられるならば、後片付けは私が致しますので、どうか寝台にお戻り下さい。」
冷たい双眸も、深く被った帽子も相変わらず。
着物も何処にも、乱れはない。
そう、今までのは全て、鳴海の想像の産物。
実際のライドウはというと、体質なのかそれともサマナーの賜物なのか、妙に酒に強い。
ライドウの側の机上には、空になったグラスが一つ。
強い酒なのに、全く咽る事もなく平然と飲み干された。
それを見て、鳴海は溜め息を吐く。
流石は最強のデビルサマナー葛葉一族。
彼だけが、こうも特別ではあるまい――多分。
「鳴海殿?」
「んー……いや、まだ寝ないよ。もう少し、飲むし。」
「そうですか……でしたら、何か軽い食事でも御用意致しましょうか。」
「ん? ああ、良いんだよ、ライドウ。別に酒だけで。」
「……しかし……失礼ですが、それでは少々味気ないかと思われます。」
「あはは、味気ない、ねぇ……。そんなこと無いさ。充分、足りてるから。」
そう言ってライドウを見つめながら笑って見せると、相手が不思議そうな顔をした。
眉を寄せて戸惑ったような表情が、庇の下から覗く。
……可愛いな。
「さて……と。いつまでも未成年に夜更かしさせちゃ悪いかな。ライドウちゃんは、もうこの辺で部屋に戻っていいよ。後片付けは俺がやるから。」
「そうですか……――わかりました。では、私はこれで。」
ライドウが一礼して、戸口に向かう。その、足音を立てない様に鳴海が感心しつつ、出て行く間際のライドウに声を投げる。
「今夜は付き合ってくれて、ありがとな――おやすみ、ライドウ。」
そう言えば、ライドウが振り返り。
「はい。お休みなさいませ、鳴海殿。」
その一瞬。
ライドウが笑んだように見えたのは、目の錯覚だったのだろうか。
「……ライドウ……ちゃん?」
ぱたんと静かに戸が閉じ、後には鳴海が一人。
今見たものは果たして、幻か、幻視か。
「あー……酔ってるのかなぁ、俺。」
あはははは、と苦笑いを滲ませて気恥ずかしさを誤魔化すように視線を周囲に投げる。
ふと、ライドウが居た位置に空のグラスが一つ。立ち上がってそれを手に取り、残念そうに呟く。
「まー、綺麗に呑んでくれちゃって……。」
ライドウの口跡すら残っていない滑らかなグラスの縁を見て、鳴海は残念そうな声音で呟きながらも、それに酒を注ぎ入れた。
窓際に立ち、月を仰いでグラスを傾げ一言。
「……ま、酒の肴はまだあることだし――さて、存分に飲もうかな。」
グラスに映った月に、先程のライドウの微笑を思い浮かべながら。
今夜も一人、楽しそうに酒盛りをして夜を過ごす。