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万里の陽光、千尋の月闇

11.言葉詰まりて見失う



それは、陽の光を受けて煌いていた。

「おう、主人。頼んでいたものはコレか?」
ゴウトが部屋の奥に声を投げれば、竃の傍に居た鍛冶師が振り返った。
「おや。業斗童子様――と、其方は……?」
鍛冶師は、気配も無く黒猫の傍に佇む黒い影の静謐さにギョッとしたようだったが、そうした反応すらも楽しんで、ゴウトは己の雛を紹介する。
「ああ、十四代目ライドウだ。まだまだ若輩者だが――ま、何れは見事なデビルサマナーになるだろう。」
得意げにそう語ったゴウトの声には、誇らしさが満ちていた。鍛冶師は笑い、ライドウに視線を向けて声を掛ける。
「随分と業斗様に惚れ込まれたものだ。……では、私も貴方に期待しよう。」
そう言うと、先程から棚の上にて煌きを放っている刀を取り上げて書生に差し出した。
「業斗様より依頼された、貴方の刀だ。受け取るといい。」
漆黒の柄。冴え冴えとした刀身は、抜くまでもなく名刀だと知らしめている。
ライドウは目を瞬かせると、それに視線を落としたまま呟いた。

「……此の、品を……俺に――」
書生の足元で見上げていた黒猫が、満足げに喉を鳴らす。
「うむ、相変わらず見事な出来だな。代金はいつものように使者より届く。それで足りなかったら言ってくれ。追加分を払う。」
「構いませんよ。貴方よりお褒めの言葉を頂くのが、一番良い。」
「ははっ!欲の無いやつめ。じゃあな。――七綺、帰るぞ。」
ゴウトは刀を抱えた書生を連れて、その場を後にする。
ライドウが肩越しに背後を振り返れば、鍛冶師が庵の入り口にて深々とお辞儀をして彼らを見送る姿が見えた。


◇  ◇  ◇


「刃を見ても良いぞ、七綺。今は人目が無いからな。」
獣道よりもまだ幾らかマシな道を歩いている最中、ゴウトがライドウに話しかけた。
ライドウは頷き、親指の腹で唾を僅かに押し上げ――その隙間、煌く刀身を見て黒瞳を見開く。
驚いたのだろう。
いつもの無表情が微細な変化を起こした様を見て、ゴウトはふふっと得意げに笑う。
「凄いだろう? あの者の打つ刀は、何時も誰もを驚かせる。葛葉御用達は伊達じゃない。」
「……ああ。見事、だと……思う。」
たった一言だけだったが、短いながらもその言葉には万感たるものが込められていた。
感情を面に表さずとも、声に抑揚が無くとも、その反応を見ることが出来たゴウトとしては、非常に気分が良い。
ついでだ、更に驚かせてやろう――ゴウトは首輪の奥に仕舞いこんでいたものを前足で引っ張り出すと、それを口に咥えてライドウに見せてやった。

「七綺。これも、俺からだ。」
「まだ……俺に、贈与が。」
刀を仕舞ったライドウが立ち止まり、ゴウトに視線を向けた。
そして片膝を着いて姿勢を落とすと、彼の口元に加えられている包みを見つめて言葉を返す。
「これ、は。」
「ふふふ。開けてみれば分かるさ。さあ、受け取れ七綺。」
言われるがままに包みを受け取ったライドウは、それはそれは丁寧に包みを解いた。
すれば、姿を表したるは翡翠色をした飾り紐が一組。

「……鞘に付ける紐――下緒、か。」
「ああそうだ。まあお前が刀を奪われることは無いだろうが……飾る心というものを知っていてもいいと思ってな。」
「――。」
ライドウは僅かに唇を開け、魅入られたように下緒を凝視していた。
言葉無く、無表情に。
ああ、正しく魅入っているのだろう。
送り主としても、そういう反応をされると嬉しい。
この書生はいつも無表情だから特に嬉しい。
「気に入ったか?」
問えば、書生はゴウトに視線を戻して頷く。
「……言の葉、が……見つからない。」
「ふふっ。そうかそうか。紐の色は、赤や青やと色々あったんだがな。散々迷った挙句、この色に落ち着いたんだ。迷った甲斐があったな。」
「……貴方の瞳と、同じ色だ。」
「はははっ。それが選別の原因だろうな。ま、気に入らんかったら別の色に取り替えて――」
「――否。」
ゴウトの言葉を遮ったのは、ライドウの強い声だった。
彼の書生は胸の前に片手を当てると、深々と一礼して言葉を注ぐ。
「この、色が良い。この――貴方の色で無くては、否、だ。」
「……そうか。有難う。」
「ああ。」
ライドウはもう一度こくりと頷くと、刀に下緒を巻きつける。黒い刀身に、その色は良く映えた。
いや、映えて当たり前だろう、とゴウトは思った。
その色が彼の雛鳥に合わないわけが無い。
「とにかく、気に入ってくれたようで何よりだ。これからも頑張ろうな七綺――帝都の平穏、人々を護る為に。」
「……。」
「……? 七綺?」
どうしたのか、そこでライドウが僅かに項垂れ、目を伏せてしまった。
地面に片膝を着いたままなので、その格好は随分と気落ちしているように見えて。
「七綺? おい、どうした。」
「ゴウト、――……業斗童子、殿。」
声が、肩が、僅かに震えているような気がするのは目の錯覚だろうか?
幻視の陽炎にゴウトが前足で目元を擦っていれば、ライドウより声が降る。

「……贈与、に……感謝、を。」
答えたその声はいつもどおりだった。
顔を上げたゴウトに見えたのも、いつもの無表情な美貌でいて。
今のは?
考えようとするゴウトに、ライドウが言う。
「帝都へ、帰還を。……案件が在る、と鳴海が言って居た。」
「む? あ、ああ。そうだったな。戻ろうか、銀楼閣へ。」
腰元に煌く刀と艶やかな下緒を携えた書生は、そうして山道を降りていく。
その横顔には何の感情も窺えなかったが、何処かしら暗い影のようなものが――青褪めて。