黒猫、萌ゑしは書生
01.再会
また逢えたことを、共に在れることを――この出逢いを喜んだ
「ゴウト……――ゴウト、ゴウト……ッ!」
「おう、今帰ったぞ七――うぉっ!?」
ゴウトが事務社に入った瞬間、出迎えの言葉と共に受けたのは書生からの熱烈な抱擁だった。
「な、何だ!?」
いつもなら物静かで大人しく在る書生が――ライドウが、まるで子供のように駆け寄ってきたものだから、ゴウトは驚き目を瞬かせた。
「七綺……七綺? ど、どうか……したのか?」
この日、ゴウトは此れまでのことをヤタガラスに報告する為に葛葉の里へと足を運んでおり、午前中いっぱいは事務社に居なかった。
なので、そうして帰宅したのが午後のこと。外はすっかり日が暮れており、事務社の窓からは黄昏の光が差し込んでいた。
金色の光を背にしているせいもあってか、抱き付いているライドウの表情は窺いにくい。そのせいでゴウトは相手の行動理由が解からず、余計に戸惑いが強くなる。
「七綺、どうした。うん? 何か、あったのか?」
「……ゴウト。」
肩に前足を掛けて、再度己の葛葉に呼びかけてみるゴウト。だが当の書生は、ただ黒猫の柔らかな首筋に顔を埋めて、ゴウト、ゴウトと名を繰り返すのみ。
母親に甘えて見せるような、この態度。
ゴウトの帰りが遅いことを、心配していたのだろうか? それとも、朝から傍に居なかったのが不安であったのだろうか?
――いいや。時計を見遣ればまだ夕刻五時を過ぎた頃だから、それは違うだろう。
第一、この時間の帰宅など取り立てて珍しくも無いことだし、それにライドウは歳幼い童子ではないのだから、少しくらいゴウトが傍に居なくとも平気である。
けれど、そんなライドウも、初期の頃は人と接することが苦手だったのもあってか、ゴウトと少しでも離れようものならば、それこそ途方に暮れたような、寂しいような素振りを見せてくれていたのだが――今は、もう。
……今、は。
羽根の揃った雛は雛で無くなり、黒猫に対する依存性は弱くなっていた。
強くなったことが、嬉しい。
人と接することに慣れてくれたことが、嬉しい。
嬉しい、けれど――。
……けれど。
何処か素直に喜べない自分が、居て。
◇ ◇ ◇
(――やれやれ。目付役がこんな様ではいかんな。)
懐かしい過去を思い出し、僅かに顔を歪めるゴウトだったが、感傷に浸っている場合ではないと不意に気づいて我に返った。
(俺の懐古はさておき、七綺のこの様子について考えねばな。)
無邪気な子供のように抱きついている何とも無防備な書生を横目に、ゴウトは最近の出来事を思い出してみる。
だが、幾ら考えても該当するようなものはどうにも見つからなかった。
ともすれば押しつぶされそうなほどに窮屈な抱擁からどうにか顔を出すと、ゴウトは尚も此方の身体に頬を乗せて目を閉じているライドウに声をかけた。
「七綺……おい、七綺。理由が無いならそろそろ離れんか。苦しいじゃないか。」
少しばかり強い口調で言ってやれば、そこでライドウが顔を埋めたままではあったが、何かを呟いた。
「……次、も……一緒」
「ん?」
『次』――?
いまいち意味が解らず首を捻っているゴウトに、回答を与えたのは次に続いた言葉。
「ゴウトは……次も、共に居てくれるんだろう? 今度の、遠征にも……一緒に?」
それで、ライドウが話そうとしている事について漸く合点がいった。ゴウトは苦笑すると、ヒゲを揺らし大きく頷く。
「ハハッ! カラスからの通達を見たのか。成程、だからこの歓迎、この抱擁か。」
「ん。……嬉しくて。」
そう言ってライドウは頷くと、またゴウトを抱き締めた。帝都の事件が一段落したとはいえど、不穏な気配はまだ各所に見受けられるらしい。
その為、帝都守護を任されしライドウが此度赴くは、見知らぬ遠方の地。
そこにはどんな難事が待ち受けているだろう。けれども、ライドウには何の不安も有りはしない。
一緒なのだから。
目付役が。
ゴウトが。
また隣を歩いて、また傍に居て……また、一緒に。
「ゴウト……良かった。また、一緒で……嬉しい。」
何度も名を呟き、その都度、書生は柔らかな仕草で猫の身体を撫でる。継ぎ名らしからぬ反応を見せるライドウは、すっかり真名の青年に戻っていた。
彼はもう立派な成鳥なのだけれど――どうやら、黒猫の前では何時までも何処までも雛であるらしい。
先程に感じた感傷は、もうすっかりなくなってしまった。
やはり、ライドウはライドウのままなのだ。自分が知っている、変わらぬ”ライドウ”――ゴウトは目を細めて己の葛葉を見つめ、愛しげに喉を鳴らして笑う。
「こらこら。子供みたいだぞ、七綺。」
「うん。うん。……良かった。ゴウトが、一緒で……また――猫、で……」
「……うん?」
何だか今、妙~に引っ掛かる台詞が聞こえたような。
ゴウトが顔を上げてライドウの呟きに耳を済ませれば、更に、ぽつり、ぽつりと静かに呟く声が零れてくる。
「猫の……ゴウト、が……また……肉球……ふふっ。」
「……おい。待て七綺。」
「ふわふわの、ゴウトのまま――……ふっ。ふふっ……肉球も……そのまま……」
――決定打。
ゴウトは牙どころか目すらもギッと剥くと、ライドウを――七綺を睨みつけて叫ぶ。
「七綺! お前、聞き捨てならんことを言ってないか!? 俺と一緒が嬉しいんだろう!? 違うのか? 猫か? 猫の俺か!? コラ、葛葉ライドウ――!」
「いやぁ。俺は”猫”のゴウトに一票、だと思うけどねぇ。」
衝立の陰から様子を見ていた鳴海が、そう言ってケラケラと笑った。