黒猫、慈しむは書生
02.褒賞
褒めて賞でてひと舐め
葛葉が里の大広間。背筋を伸ばして鎮座し、雷堂は此れまでのことを報告する。
己の役目、果たした行動。雷堂の報告が終われば、威厳ある声が広間に響き、誉れであったと言の葉が与えられる。
恭しく頷き、瞑目し、畏まる雷堂。
一々が麗しく、その動作を見守っていた業斗などは、鼻が高い思いで一杯だった。
ああ、何と素晴らしく成長したもの。此度の葛葉の、何と見事なこと。
今すぐにでも駆け寄り、良くやったと褒め上げたいところではあるが、雷堂にも面子がある。
それに、儀式の間はナナキではなく葛葉雷堂なのだ。
デビルサマナーたる面持ちで、毅然とした声で、雷堂は報告を行っている。
楚々として、凛然として。
……何だか少しばかり面白くない。
そう感じるのは、雷堂がちっとも此方を見てくれないせいだろうか。儀式の最中に余所見をするのは頂けないことだが、それでも一瞥くらいはしてくれてもいいだろう――と、ここまで考えて、業斗は自分の浅薄に苦笑する。
(これではまるで子供じゃないか。……莫迦莫迦しい。)
考え直した業斗は、再び雷堂を見上げた。
張り上げたわけでもないのに良く響く声は低音ながらも、艶がある。
崩れない姿勢はまるで彼が扱う刀そのもの。
なかなかに見られない美丈夫ぶりに、業斗はそっと口端を上げる。
(ま、儀式が終われば全て解決することだ。)
それに、こんな雷堂はこういう時にしか見られないだろう。
その凛々しくある横顔を、百合のようにしなやかな姿勢の彼を、黙々と眺めているのも悪くはない。
そうして業斗が雷堂に歩み寄ったのは、広間の朗々たる声が止み、報告の儀が終わったのを確認してからのことだった。
◇ ◇ ◇
「報告は済んだようだな。」
言うなり、雷堂が立ち上がるより早くにその膝に飛び乗る業斗。それ故に一度浮かしかけた腰を再び下ろすしかなかったが、雷堂は苦笑だけを浮かべると、さしたる苦情も言わず、相手の足が掛け易いようにと、黙って右腕を差し出した。
そこへ遠慮無く――むしろ当然だといわんばかりに前足を掛けて、業斗は雷堂を見上げて話しかける。
「いつもより声が硬かったな。緊張していたのか?」
からかう台詞に、雷堂は僅かに肩を竦めると微苦笑した。
「当たり前だろう。この場は、荘厳なる葛葉が部屋。浮ついた気持ちになどならぬよ。」
「そうか? お前のことだから、平気だと思っていたが。」
「まさか。――業斗、汝は我のことを何だと思うておるのだ。我とて葛葉が若輩者。礼節くらいは弁えておる。」
「ほう。それは初耳だ。」
「……あまり虐めてくれるな、我が相棒。」
困った顔をして笑う雷堂に、業斗も笑って。
「ふふ。軽口が過ぎたな。分かっているさ。お前は、俺の誇る葛葉が十四代目。粗相などせんことなど、当に解っていたさ。」
「やれやれ……我が業斗童子は相棒を弄るのが好みらしい。」
黒猫の艶やかな背を撫でつけ、雷堂は目を細める。
この分から察すると、儀式の間、業斗の方を向いてやらなかったことが嫉妬を生んだのだろう。
猫は感情に敏感なところがあると、何かの書物で読んだことがあるが、業斗童子とて例外ではなかったようだ。
ソッポを向きつつも、耳だけは相手に向けている――そのような猫独自の技巧があれば、そうしてやっているのだが、な?
しかし、素直に従うのは雷堂の性分ではない。
此処は少し、憎まれ口の一つでもしてみてやるか。雷堂は、ぼそりと、けれど業斗に確実に聞こえるような声音で、言った。
「七綺のゴウトは、もう少し可愛げがあるというのにな。」
「む。それは俺に対するあてつけか、ナナキ。」
見事呟きを聞きつけた業斗が、身体を起こして雷堂を睨んだ。
首を横に振り、雷堂は答える。
「当てつけなど。――唯の羨望さ。」
「言うじゃないか。」
業斗が不意に目を細める。
緑の三日月。きらりと光るは不穏の色。
「では……行儀の良かったお前に、褒美をくれてやろう。」
「褒美? 何を――」
問う暇も、無かった。
猫の体がしなやかに伸びたかと思えば、その顔が近づいて。
……雷堂の唇を、ひと舐め。
「なっ!?」
さぞ意外な行動だったのだろう。
息を飲み、珍しく唖然とした表情になった雷堂を見て、業斗は、にゃあと鳴いて、猫らしからぬ笑みを浮かべて言う。
「そら――優しい褒美だろう?」
「……っ、業っ、こ、このような場所で、何と……!」
「儀は終わったんだ。構わんさ。」
「我が弁えておったのに、それは無かろう業斗童子。」
「お前が何時も己の鏡面にしていることじゃないか。何をそう気にしているんだ。」
クックと猫らしからぬ仕草で笑うその表情。
悪戯が成功したヒトが見せるものとよく似ていて、ああ、何と、全く――!
「七綺は七綺で、業斗は――……貴方は……!」
雷堂は滅多に無いほど顔を赤くし、何かを言いかける。だが、不意に口元を押さえるなり、俯いてしまった。
顔を隠すように項垂れ、抑えた口元から零れてくるのは、動揺の感情。
「……貴方からの、こういう、不意打ち、は…………照れて、しまう。」
「ナナキ……。」
今度は業斗が驚く番だった。
何と妙なところで初心なこと。
だが業斗はそれが可笑しくて――愛しくて。
にやりと笑って、更に意地悪な台詞を一つ吐く。
「――ヒトガタで無くて、残念だったな?」
「……初代殿っ!」
顔を上げた雷堂――ナナキが、非難の声を上げる。
「アハハハハッ!」
しんとした大広間に、黒猫の大笑と書生の大声がじゃれ合う様に響いた。