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メサイアの詩

│06│ The Eidolon


壊れた世界を”認めた”あの日、必死になって何かを探したのを思い出す。
しかしながら、探していたものは何だったのかが曖昧で、よく覚えていない。ヒトだったのか持ち物だったのか、それとも家族なのか、友達なのか。どれも見つかりはしなかったが。
それどころかヒトに至っては全てが悉く裏切ってくれた。
身体を重ねた関係であっても、それは例外ではなく。

――もう過ぎた事だ。
彼らは、どうなったのか?
生憎と過ぎた事には興味がないので語りはしないが、最終的に自分が今こうして生きていて、側に誰の姿も無いことが答えとなっているだろう。
最初から裏切るなら。
後になって離れていくなら。
手に入れないほうがマシだった。

……接触など、しなければ良かった。


◇  ◇  ◇


ヒトの首に手を当てたまま、少年は自分を見下ろしている相手を睨め上げている。眉を顰めて。眦を吊り上げて。
その瞳はしかし、怒りと定めるにはどうにも曖昧な色をしていた。真紅にしては薄く、金色にしては赤みが強い。
首を掴まれた相手が、ふっと目を細めた。敢えて自ら上体を屈めて離された距離を詰め戻すと、睨む少年の目元を指先でなぞり上げて笑う。

「お前には、よくよく黄昏がついておるな。」
「……何だと?」
怪訝そうに――恐怖で気でも触れたか?と言いたげな目をして――首を掴んでいた手の力を緩めた少年を見て、雷堂が言葉を繋げる。
「瞳だ。ああ、己では分からぬであろうな。」
つっ、と目の下の輪郭に指を滑らせ、吐息を零すように言う。
「綺麗な色だ。」
暁と宵の境目。逢魔時を示すものでもある時刻の色。
雷堂は呆気にとられている少年――アスラに顔を近づけ、囁く。
「――やはりお前は悪魔ではないよ、阿須羅。」
雷堂の柔らかい声での囁きが、半分残っている心を掴み上げる。
揺さぶられたのは、ヒトの心か悪魔の心か。
アスラは、ああ、と声にならぬ溜息を零す。目を細めると、その瞳を紅に染め――狙いを定める悪魔のように――口元に、冷み。

「お前ほど騙しやすいニンゲンは居ないぞ、デビルサマナ―。」
「なっ――……!」
三日月の嘲笑。眉根を顰めた雷堂の肩を下から掴み上げたアスラは、その腕を強く横に振った。
ぎっ、と悲鳴に似た音を立てて、寝台が大きく軋む。
「つっ……、――アスラ! 貴様っ!」
雷堂は視線を上げ、コチラを睥睨している獣――傷の手当てをしてやった恩を仇で返してきた少年――を鋭く睨みつけた。
だが、雷堂が咎めたのはその不躾さではなく。

「この……っ――傷が開いたらどうする心算だ莫迦者がっ!」
大人しくせんか!と一喝。

「……。」
緋の紅玉が、あっという間に満月に戻った。
血の匂いは気配が漂う前に消え失せて。
アスラはニ、三回ほど目を瞬かせ、それから不意に片手で目元を覆った。凝りでも解すようにぐにぐにと手を動かしていたが、やがて、はあ、と人間らしい溜息を吐いた後、うんざりした声で言った。
「馬鹿も、ココまで来るといっそ清々しい。」
「我を愚弄する気か――」
雷堂は抗議すべく、目元を覆っていたアスラの手を掴んだ。
しかし悪魔の模様の走る腕の下より現れたのは、嘲弄ではなく困ったように微笑んでいた少年の顔。
金色の瞳を瞬かせて、アスラが上体を屈める。
「お前だったら、最初から居てくれたんだろうな。」
「……? アスラ、一体何を」
雷堂の問い掛けに返されたのは答えではなく――唐突の、闇。全くに何も見えなくなった空間に、アスラの声だけが響く。

「ヒトの時に逢いたかった。」

雷堂の意識はそこで暗転する。
次に目覚めた時、雷堂は両肩の痛みを覚えて不思議に思うだろう。
それから、枕元に置かれた血の付いた包帯に、ぎょっとするだろう。一体何があったのかと頭を振り――思い出せない記憶に、ぎゅっと唇を噛み締めて、ただ一言だけを呟くのだ。

「お前は我に何を残したのだ、阿須羅?」
幻の夜。褥の熱は最早冷め、後に残るは微かなヒトの残滓。
混沌王は、ヒトに一欠けらも弱みを残さない。
明かす真実など持たぬ故に。