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Lord of Death

逢魔が来たりて魔笛 01


それは失策であった。
此方は得物を持っていて、相手は素手であったことが過信を生んだのかも知れない。
だが、何を言おうとも、どう繕うとも。
それは完全なる失態――いいや醜態であった。
追いかけていたつもりが、何時の間にか追い込まれ、追いつかれ。
一刀を叩きつけるはずが床に叩きつけられ――そうして今、無様な醜態を雷堂は晒していた。
その体勢は捌かれる前の獣が如く。
その相手は捌く狩人のように。
どっかと雷堂に馬乗りになると、勝ち誇った笑みを浮かべて言う。

「そうら――捕まえたぞ、異世界のデビルサマナー。」
「クッ……不覚っ!」
「――不覚?」
雷堂の呟きに、相手が口端を吊り上げた。
それは全き嘲弄。三日月の冷笑。
酷く冷たい目で雷堂を見据えると、喉奥でくくっと笑って訂正する。
「間違うな、力量の差だ。どうにもならない絶対的な。」
言いながら雷堂の首に赤い紐を滑らせ、巻きつけて、笑う。
「解らないのか。――お前が弱かったんだよ、雷堂。」
「なっ……貴様ぁ!」
何処までも見下すような口調に、誇りを傷つけられた雷堂が激して叫ぼうとする、が……。
「――煩い。」
「……ぐっ!」
相手が吐き捨て、雷堂の首に巻きつかせていた赤い紐を手綱のように引っ張った。
絞まる気管。雷堂は息苦しさに喘ぎ、必然的に言葉を止めてしまうことになる。
それを外そうと手で掴むも、紐は容赦なく、また隙間無く雷堂の肉に食い込んでいるが為に空振りに終わるばかり。
それでも抵抗を諦めずに紐を掴む雷堂に、様子を眺めていた相手が愉快そうに笑った。
「ククッ……虐めるのはココまでにしておいてやる。」
言葉と共に、締め付けが緩んだ。
「――っかは」
自由になる気道。雷堂は知らず、水を求める魚のように酸素を貪った。そして大きく肩を上下させて呼吸を整えていれば、頭上でククッと笑う声。
「そうだ、生きろ。こんなことで簡単に死なれてしまってはツマラナイ。」
「っく……貴、様……貴様は一体何を、」
「――名前。」
「……何?」
「教えろ。」
「……葛葉雷堂、だと……最初に、そう名乗り上げたであろうが。」
「――違う。」
言って、相手はまたグイと「手綱」を引いた。
再び気道が絞まる。雷堂が殺気を込めた瞳で睨みつけるも、相手は――人修羅アスラは、冷ややかな面を崩さず静かに告げた。
「あの、黒猫……業斗、だったか? アレが、違う名前でお前を呼んでいただろう。聞いているのは、そっちだ。」
「……っ!」
業斗の声を――彼が紡ぎし言の葉を聞きつけたのか!? 流石の雷堂もこれに目を丸くし、内心で驚く。
業斗童子の言の葉は、常人には聞きつけることが出来ない代物だ。
なのに聞いたのか、あの声を。
聞き取れたのか、その言の葉を。
この半妖、彼の悪魔は――。
(此奴は……唯の悪魔ではないのか?)
途端、不意に解けかけた警戒に、雷堂は慌てて自我を引き締める。
油断するな。声が聞けたからとて、それがどうした。真名を教える理由になる訳が無い。雷堂は息を吸って平常の気迫を取り戻すと、怒りを込めた眼光と共に、吐き捨てた。
「答えは――”否”だ。誰が貴様なぞに我が真名を教えるものか。」
「ふぅん?」
アスラが目を眇め、その顔に薄い微笑を刻む。
く、と紐を軽く締めあげてみせると、溜息を零すように言葉を吐いた。

「じゃあ業斗を殺そう。」
「――っ!?」
それは素っ気無い言葉だったが、確実に雷堂の心を掴み上げた。
ぎり、と歯噛みする雷堂の瞳に籠もるは極上の殺意。それを受け止めたアスラは赤い瞳を輝かせ、舌舐めずりひとつ。
「猫は嫌いじゃあない。ああ、肉を殺ぎ、皮を剥いで剥製にでもしてみるか。」
「それ以上は語るでない! この――……愚者がっ!」
最上級の憎しみを込めてアスラを強く睨みあげる雷堂。しかしそれすらも冷笑で受け流し、相手は淡々と問い掛ける。

「猫の命と、己の真名。優先すべきはどちらだ、雷堂。」
――お前の中での秤に掛けて、重いのはどちらだ、と。
相手が冷ややかな笑みと共に問いかける。
そんなことは分かりきっている。
迷うべくも無い選択肢。
元より、解りきっていた。
どうせ答えなど一つきり。

「さあ――速く選べ、雷堂。」
冷酷な声が最終通告を投げかける。
最早、力では適わない。意地を通すのも良いが、それで死に至った後、業斗は何と言うだろう。
『冷静になれ、葛葉雷堂。』
それこそ下らぬ失態となりかねない。名誉有る継ぎ名を汚してはならぬ。
傷つくのは己が誇り。
なに、それも一時だ。
ならば――良いではないか。
雷堂は強く唇を噛み締めて沈黙するも、やがて目を伏せると静かに言葉を吐いた。
「……ナナキ、だ。」
声はまるで溜息のように弱々しかったが、それは血を吐くような思いだった。
明かされた真名を聞いて、アスラが軽く笑う。
「ナナキ? ……変わった名前だな。」
「――貴様に我が真名を貶める権利は無い!」
誇りを汚されようとも、この身を傷つけられようとも。
真名を侮辱するのだけは許さない。
激しい怒りを込めて再びキッと相手を睨みつけた雷堂だったが、その先で目にしたものにハッと固まった。

その、先。
雷堂に圧し掛かる相手の、その顔。
先程までの冷笑は、どこへいったのか。
彼の悪魔、アスラは普通に笑っていて――それが彼の「普通」であるならば何と穏やかな微笑か――そして、何処か優しくも聞こえる声音で、言った。
「これからお前は俺の仲魔だ。」
「な、」
デビルサマナーが悪魔の「仲魔」だと!?
言い返そうとする雷堂に、アスラは首を傾げて。
「分かったな……ナナキ?」
それは契約でも何でもなかった。

これは卑怯な脅迫だ。
これは卑劣な拘束だ。
聞き入れる理由は無い。
受け入れる権利は無い。

それでも、ああ――それでも。
この目の前で笑っている悪魔――いや少年は、まるで友人を見つけた子供のようで。
これも姦計の内なのだろう。
もしかしたら罠なのかもしれない。

けれど、ああ――けれども。
突き放せない。
振り払えない。

「……我との約、破るでないぞ人修羅よ。」
観念した雷堂がそう答えてみせれば、アスラが笑って。
「ああ。ナナキは大切な遊び相手だからな。」
首に絡む赤い糸。
絡め取られた我が運命。

――ああ、捕まるとはこういうことか。
小さく呟き、雷堂は溜息と共に目を閉じる。
これから始まる日常に更なる狂気が加わったのかと思うと、尚更死にたくなった。

[ 彼の王は冷笑にて迎えたる ]