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猫と書生と所長さんの一日

12.鳴海の良案……?



ライドウは人が嫌いだ。
人と話すのが苦手だ。
けれども、傍らにいつも寄り添うように居る黒猫と、仲魔にした悪魔に対しては違うようで、無邪気で柔和な態度を見せている。

人じゃなければ、見られるライドウ。
真の名を語ろうとしない、青年。

接したい……けれど、どうすればいい?

ああ、人じゃなければ、いい。
……猫ならば、きっと――尚更、いい。

◇  ◇  ◇

「ただ今戻りました、鳴海殿。」
「おう。おっ帰り~。ら~いど~にゃ~~ん~~。」
「はい、遅くなってしまいまして申し……訳……――……?」
ライドウ、にゃん?
怪訝そうな表情で顔を上げたライドウは、次の瞬間その場に立ち尽くす羽目になる。

「お帰りにゃん、らいどうにゃん。珈琲入れてくれにゃん。」
「な……っ、なる、……あのっ、い、如何なされまし……た……か……」
絶句するライドウの視界に入ったのは、上から下まで黒い色の衣装で統一された鳴海の姿。
いや、勿論、黒尽くめだからという理由で狼狽したのではない。黒尽くめなのは、ライドウとて同じようなものなのだから。

「どうしたにゃん、らいどーにゃん?」
鳴海の言葉の語尾が、いちいちおかしいのにも、もう驚きはしない。まあ……充分に身震いするものでは、あるけれど。
しかし、それ以上に驚愕させるものが、鳴海にはあった。
そう。その問題は、もっと別にある。
鳴海が頭上に付けている何かに、ライドウの視線が引き付けられていく。
それは、多分――猫の耳を模した、作り物。
鳴海の思考が、どうにかなってしまったのだろうか?
それとも、ここは異界か?
そんな莫迦な。
いやいや、これはもしかしたら、巷で流行っているモダンというものの、一環なのかもしれないではないか――などとライドウは色々なことを考えてみたが、それでも出た答えは、全て否定の感情。
幾ら時代の波がうねりをあげようとて、あれはない。……ありえるようで、ありえない。
そう必死に何かを誤魔化そうと考えていたライドウだったが、やはり己を騙せはしなかった。何をどう考えても、鳴海が頭に付けているのは猫の耳の飾りである。それに加え、床に届きそうな何かが、鳴海の足の間から見え隠れしている。

あれは、まさか――……。
ライドウの凍りついた視線を受け、鳴海が笑って答えた。

「ああ、コレ? ――そう、尻尾だにゃん。」
そう言って、鳴海が、くるりと身体を回転させると、ベルトに縫い付けられているのか、その”尻尾”とやらが、ライドウの目の前で、ふわりと揺れた。
柔らかに造られた、猫の……尻尾?

「あ、……っ鳴、鳴海、殿、そのっ……一体、どうなされたというのですか?」
ひくりと表情を強張らせ、掠れた声でライドウが問い掛ける。どうやら余程の衝撃を受けたらしく、動揺が酷い。
そんなライドウをどう見たのか、鳴海は何故か、ふふんと得意げな笑みを浮かべた。威張るように腰に手を当てて、言い返す。
「いや、これならライドウも普通に接してくれると思ってな……じゃ、なかった。思ったにゃん。」
「ふ、普通……とは……何故、鳴海殿が……そんな……格好、で……」
距離を詰めてくる鳴海に、ライドウが怯えて後退る。
「お前さん、ゴウトや仲魔の前では態度が随分と柔らかくなるだろ? だから、俺もそれに習ってさ……にゃん?」
「お、仰っている、意味が、……っ、わ、分かりかねます、が……!」

「だからさ。……ゴウトっぽくしてみたわけにゃん。」
「~~~っ!?」
最早驚きすぎて声が出ないのか、ライドウが声にならない悲鳴を上げて大きく後退った。
その隙を見てとった鳴海が、一気に距離を詰めて壁に押し付ける。

「ほ~ら、ライドウにゃん。逃げなくてもいいにゃん? 今の俺は、人じゃないんだし。にゃん。」
「ひ、っ……な、鳴海殿、どうか、どうか御許し下さい……っ」
別の意味で恐慌しているライドウだが、鳴海はそれに気づかない。
「あはは、咎めてる訳じゃないんだから。そーんなに怯えるにゃん?」
「~~っ、ゴ、ゴウト、ゴウトっ……! ゴウト~~っ!」
とうとう精神が耐え切れ無くなったライドウが七綺に戻り、悲鳴に近い声で黒猫の名を叫んだ。
鳴海はそれでもお構い無しに顔を寄せ、ライドウに囁きかける。
「猫なら、身近に俺が居るにゃん、ライドーにゃん。」
「ひっ、ひ……ぃっ――……ゴウトーーー!」

「奇怪な格好をして七綺を襲うとは! 貴様っ、遂に気が触れたかっっ!」
閃光より速く黒い影が縦断したかと思うと、ばりりと何かの裂傷音がした。
「だ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ――?!」
「七綺っ、召喚だ! 何でも良いから、喚べっ!」
「な、何でもって……い、いま喚べるのは、ウタイガイコツだけで――」
「構わん! 喚ぶんだ!」
シャアッと牙を剥いて叫ぶゴウトの気迫に押され、ライドウは言われるまま仲魔のウタイガイコツを喚びだした。

問答無用で、石化魔法「ペトラ」が発動する。
石像一丁上がり、の瞬間であった。

◇  ◇  ◇

「この愚か者はまた、一体どうしてこんな奇妙奇天烈な格好をしているんだ?」
かちんこちんに固まった鳴海を睨み上げながら、ふん、とゴウトが鼻を鳴らして眉根を寄せた。それを聞いて、七綺が口を開く。
「……いや、俺にもよく分からないんだけど……。鳴海殿が言うには、俺がゴウトや仲魔の前では普通にしてるだろう、と言って……それで、鳴海殿は、猫の格好をした……らしく、て……。」
涙目に潤んだ双眸を手の甲で拭いながら、七綺が答える。かなり怖ろしかったのだろう、床に座り込んだまま、なかなか立ち上がろうとしない。拭っても拭っても、後から後から、ぽろぽろと涙を零す七綺を見て、ゴウトが側に寄り添った。
「……恐ろしかったな? だが、もう心配ないぞ七綺。」
ゴウトがそう言って上体を伸ばし、七綺の頬を舐めると、七綺が目元を拭って小さく頷いた。
「ん……。だって、鳴海殿、……語尾に、にゃんとか付けるし……近づいて、来るし……もう、何が何だか……どうして良いか、分からなくって……。」
「――まあ、な。三十路過ぎた大の男が、こんな奇妙な格好と可笑しな語尾を付けて迫ってくれば、誰だって混乱するだろうさ。……ともあれ、大事なくて何よりだよ。」
ゴウトが尻尾を七綺の腕に柔らかく巻きつけて、言い繋ぐ。

「じゃあ、取り合えずこの石像は壊しておくか。」
「は――……?」
にこりと微笑んだゴウトの言葉に、七綺の涙が止まった。

「あ、いや、ゴウト……流石に、それは……。」
「何故だ? 良い案だろう? このままコイツを砕いてしまえば、お前はもう、悩まされる事も怯える事もないんだぞ?」
きびきびと話す黒猫の声は優しいが、その目に一切の情けはない。
「そう、なんだけど……。ゴウト、やはりそれは……。」
「うん? 止めておくのか。七綺は優しいのだな?」
ゆったりと笑って、ゴウトが七綺の胸元に頭を擦り付けた。それからゴウトは溜め息を吐くと、石像と化した鳴海を睨み上げて口を開く。

「一命を取り留めたな、鳴海。七綺に免じて、破砕するのは止めておこう。……しかし、一昼夜はこのままにさせてもらうからな。」
黒い耳と尻尾をつけた鳴海を見て、ゴウトが顔を顰めて吐き捨てる。

「俺の姿を模って、こんな愚かな行為に出た以上――明日から平穏は無いと思え、鳴海!」
ゴウトは石像化した鳴海を気にかける七綺を強引に立たせると、その部屋を後にする。
暗い室内に奇妙な格好をした大人がぽつんと置き去りにされ、黒猫の言葉どおり”それ”が人の姿に戻ることが出来たのは、丸一昼夜明けてから。