白猫ジェラシイ
02.白鞠、氷鈴
みい、みい、と小さな猫の鳴き声がする。
室内は静かで、他に在る音といえばその鈴のような声だけ。
椅子に座り、机の上で何か書類らしきものを書き上げている書生は、黙々と己の作業に没頭していて関心を払う様子が無い。
子猫はそんな書生に構って欲しいようで、何度か高い声で鳴いてみるものの、相手は視線すら寄越さず書類に目を落としたきり。
では机の上を這いずればどうかと言うと、邪魔だと言わんばかりに静かに手で押し退けられただけ。ならばと、彼の腕に爪を引っ掛けて纏わりついてみるも、腕の軽い一振りにて払われ、やはりどうにも一顧だにされない始末。
みいみいと鳴き、書生を見上げる子猫。
全く音が気にならないのか、書生は無表情で、無言を務めたまま。
だが、それでも子猫は頑張って鳴き続けた。これでもか、というほど鳴き続けた。
そのようにして声を張り上げていれば、遂に努力が実ったのか――書生が書きものの腕を止めて、猫のほうを振り向いたのだった。
◇ ◇ ◇
その時が来た、とばかりに、子猫はニャアニャアと鳴いた。
すると書生は――ライドウは音の無い溜め息を吐くと、口を開いて言葉を紡ぐ。
「……障りになるようなことは、禁じた筈だが。」
そんなことを言えば、子猫は抗議するかの如くライドウの腕に乗り上げ、声高に鳴いた。
ライドウは子猫が身体を乗せた方の腕を僅かに持ち上げて視線を合わせると、静かな声で言い返す。
「今は、お前に割く時間など無い。……それは先程に、述べただろう。」
ライドウの冷たい眼差しを受け、子猫が小さく、にゃあと鳴いた。
だがライドウは首を振り、氷の視線で猫を見つめたまま、言う。
「……煩いにならぬという約を経て、お前は此処に在るのだ。それを破棄するならば、何処へなりと、去るが良い。」
「ミャーッ!!」
その言葉を聞くなり、子猫は細い声で大きく鳴いた。
そしてライドウの腕にしがみ付くと、また激しく鳴き喚く。
嫌だ、とでも言っているのだろうか。袖口に噛み付き、震えている。
対しライドウは無表情のまま、また書類に視線を戻すと抑揚無く言った。
「……あと少しは、己のみで遊戯をしていろ。直に仕事は、終わる。
それより後……彼の方より自由の許可が頂ければ、お前の相手をしてやれるかも知れない。」
ライドウがそう言えば、子猫は勢いよく顔を上げた。
嬉しげに、みゃあみゃあと弾けんばかりに元気良く鳴き出せば、ライドウは涼やかな――ともすれば、冷ややかな一瞥を投げて。
「……静寂を、約していた筈だが。」
冷え冷えとした声の忠告。
子猫は、にゃあん、と申し訳なさそうに鳴くと、許しを得たいのかライドウの腕に擦り寄り、そのまま大人しくなった。
当の氷の書生は、それでいいとばかりに一つ頷くと、再び手を動かし、書きかけていた報告書を纏めに掛かる。
そんな彼らから少し距離を置いた、同室。
その窓辺にて、黒猫と男の話す声が聞こえてくる。
「……なあ、ゴウト。」
「何だ、鳴海。」
「ライドウって、普通の猫とも話せるのか?」
「……本当に話している訳じゃ、ないだろう。あれは単に、七綺の勘が鋭いだけだ。」
「いや、勘と言うか……あれは絶対、あの子猫と話が出来てるんだって。」
「気のせいだ、鳴海。」
中央奥の事務机で、様子を見ていた黒猫と所長がそんな会話を交わしていたが、ライドウは腕に子猫を張り付かせたまま、黙々と己の仕事に勤めているのだった。
それから、少しして。
仕事を片付け終えた頃にライドウが子猫へと視線を戻せば、長い時間鳴き喚いたせいもあったのか、子猫はすっかり熟睡していて、夕暮れになるまで目を覚まさなかった。
なのでライドウがそのままにしていれば、やがて起きた子猫が時間の経過に気づき、周囲を見回し、それからライドウを見上げてまた泣き喚き出したのだが――。
「眠りに落ちたお前の不手際だ。……俺は、知らない。」
などと一蹴されてしまい、子猫はライドウの学帽に潜り込んで一晩中鳴き続けてしまった。
同日、夜。
ライドウは、その件でゴウトによって少しばかり怒られてしまうわけだが、当の書生は不思議そうに首を傾げ、何故自分が怒られたのか得心がいかぬ顔をするのだった。
腕に、子猫をしがみ付かせたまま。