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白猫ジェラシイ

03.寡黙な叱咤


「ただいまー……って。何、どうしたの。」
鳴海が用事から帰ってみれば、ライドウが無表情に部屋の中央に立っていて、その片手には一匹の猫がぶら下げられていた。
猫といっても、彼の目付役である黒猫のゴウトでは無い。
その毛並みは白く、身体は更に一回りほど小さく、まだほんの子どもであり、ライドウが最近拾ってきた――いや、正確に言えば”ライドウの外套にしがみ付いて”やって来た猫である。

幼いせいもあってか、度々何かしらの面倒を起こしてくれているのだが、今回も”何か”をしでかしたらしい。
ライドウは初め、無言で鳴海を見つめ返していたが、やがて思い出したように口を開いた。

「鳴海か。……おかえり、なさい。」
「……毎度棒読みっぽい挨拶、わざわざどうもありがとう――じゃなくてさ。子猫に何してんだよ、お前さんは。」
部屋の中へ入りながら鳴海が問えば、ライドウは冷えた視線を部屋の在る一角へと注いだ。
何だ?と、つられて視線の流れた方を見遣る鳴海。
その先の窓際には確か、小さめのソファーが置かれていた――ような……気がするが?
「あれ。……無い。」
見えるのは、がらんとした空間だけだった。その隙間は、正にソファーが丁度一つ分の大きさ。
鳴海は上着を掛けつつ、ライドウに訊く。
「あそこにあったソファー、どうしたの。捨てたのか?」
窓が近くて日当たりが良いせいか、ゴウトがあのソファーを好んでおり、よく昼寝を楽しんでいた場所だったのだが、はて……捨てるにしても、大した傷は無かったし、ゴウトに無断で捨てる筈も無い。
では、移動でもさせたのだろうか? 
一人で、あんなに重い物を?
鳴海が悩んでいれば、問い掛けを受けたライドウが首を横に振って言った。

「……けが、した。」
「怪我? ソファーが?」
「……猫が。」
そこでライドウが摘み上げている子猫に視線を戻して、言葉を繋ぐ。
「このものが、不浄した。……故に、あのソファーは今、屋上にて清めが最中だ。」
「不浄って――あ、その”汚した”か。もしかして、オシッコとか?」
鳴海の問いに、ライドウが頷いた。それから冷ややかな目(もとより、この書生の眼差しは温度を持たない)を子猫に向け、掛けるのはやはり熱の無い氷の声。
「……彼の方に煩いを掛けることは、禁じていただろう。」
すると首の後ろを掴まれて項垂れていた子猫がライドウを見上げ、にゃあ、と小さく鳴いた。
そして申し訳なさそうな瞳を向けるも、ライドウは首を振り、無機質な声で言い返す。
「夢見の良し悪しなど、理由にはならない。……俺は、彼の方に掛かる煩いは赦せない。」
冷え冷えとした氷の声は平常どおりだが、ゴウトが絡むと殊更溶ける様が窺えず。
みゅう、と子猫がか細く鳴いて許しを請うてみせるも、それでもやはり、ライドウの怜悧な視線は変わらない。子猫はますます小さく身を竦め、にゃあと鳴く。
そのあまりに不憫な光景に、見かねた鳴海が間に割って入った。

「はいはい其処まで。ライドウー。子猫……こどものしたことなんだし、許してやれよ。な?」
「……罪に齢は、関係無い。」
「そう言わずにさ。ちょっと粗相しちゃっただけなんだろ? 洗えば済むことだから良いじゃない。それくらい見逃してあげたって何てことないだろ。」
「……。」
言われて、ライドウは無言のまま、哀願の眼差しで見つめる子猫と、苦笑を浮かべた鳴海とを交互に見遣った。
束の間の沈黙。
その後ほとんど音の無い溜め息を吐くと、何処にも視線を合わさないで独り言のように呟いた。
「あのソファーは、俺が設えたものではない故、ここは……鳴海、お前の言の葉に従おう。」
言うなりライドウは子猫を無造作に鳴海の机の上に置くと、ソファーの掃除をするためか、屋上へ踵を返した。
「ミャアッ!」
その背後から、子猫が小さな体にしては大きな声でライドウに向かって鳴いた。
無言で肩越しに振り返る、ライドウ。
「にゃ……にゃあ、にゃーー!」
猫が何事か鳴き喚くが、ライドウは帽子の庇を押し下げて。
「――否。その場より動くことを禁ずる。穢れを増やされるのは……宜しくない。」
それを受けて、猫が尚も何度か鳴いたが、ライドウはやはり首を横に振ると、無言で屋上に続く扉を閉めて部屋から出て行ってしまった。
後に残された子猫は、みゅー……と鳴いて項垂れてしまい、それを見ていた鳴海が苦笑交じりに話しかける。
「お前さん、ライドウが好きなのかい? 言っとくけど、めちゃくちゃ苦労するから諦めな。」
茶化すようにそう言って、慰めようと猫の頭を撫でるために手を置こうとすれば――。
「――ミッ!!」
鋭く鳴かれ、子猫特有の細く尖った爪で引っ掻かれてしまった。
「うわっち!」
慌てて腕を引っ込めてみれば、手の甲に付いた見事な二本線から早速血が滲みだす。
その上、子猫は鳴海を睨んで毛を逆立てている始末。
これは「ライドウのことを悪く言うな」という意思表示なのか?
「何だよ、もう……!」
鳴海は顔を顰めて手の甲を舐めると、薬箱を求めて立ち上がった。ライドウのように猫の言葉は分からないが、確実に判ったことが一つだけある。
それは、幾ら冷たくされようとも、それでも白猫はライドウが好きでどうしようもないという事。
それにしても、何も引っ掻くことは無いだろうに。

「……俺は忠告したからな、オチビさん。」
忠告の筈が捨て台詞のようになってしまった言葉を吐くと、鳴海も部屋を後にした。
子猫は、みゃあと一つ鳴くと、屋上に続く扉の前に座り込み、ライドウが戻ってくるまでジッとそこで待ち続けるのであった。