TOPMENU

白猫ジェラシイ

04.引き袖噛みて


「……。」
今日も、ライドウの側には白猫が居た。小さいながらも袖にがっしりしがみ付き、しかも裾口に噛み付いている。
それを平常の無表情を崩さず黙したままで見つめるライドウは、猫を離そうとも、声を掛けようともしない。
ただ凝っと、無言で見つめているだけである。
子猫は袖に噛み付いている為に鳴くことが出来ないが、それでも何かを伝えたいらしく、裾に噛み付いた状態で、ぐるると唸ってライドウを見つめ返していた。

其処へ通りかかるは、別の猫。
無表情な書生ライドウが唯一、確実に反応してみせる黒猫である。

「……またお前達は何をしているんだ。」
呆れた声でそう言ったゴウトに対し、ライドウは否定するように首を振った。
「俺は、何もしていない。……これが勝手にしている行為だ。」
言うなり無造作に小猫を掴んで剥がそうとするライドウに、ゴウトが制止を掛ける。
「ああコラ、待て待て! 手荒にしてやるな!」
「しかし……。」
「とりあえず、その不安定な体勢をどうにかしてやれ。猫といえどもまだ幼い。そのままでは力尽きて落ちてしまうぞ。」
「……離れろ、とは言った。」
「だが離れんのだろう? ……七綺、先ずはその者の身体を支えてやれ。ああ。先程の、物を掴むような真似はするなよ?」
ゴウトの説明が理解できないらしく、ライドウが首を傾げて訊ねる。
「掴まねば、貴方の言うとおりに出来ない。……どう、すれば。」
「……そうだな――例えば……そうだ、俺に接する時のようにしてやればいい。」
などといえば、ライドウはたちまち首を横に振って。

「否。貴方と、このものを、同等に見ることなど出来ない。」
「例えだと言っているだろう。……そろそろ限界のようだ。そら七綺、優しく抱きとめてやれ。」
「……。」
ライドウは得心がいかぬ視線をゴウトに注いでいたが、再度促されたところで、渋々、といった風にゆっくりと子猫に手を伸ばし声を掛けた。
「……彼の方の仰せにより、お前に触れる。……それ以上、拒絶を示すなら――解して、いるな。」
そう話しかけつつライドウが小さな身体を掬い上げれば、子猫はライドウを見つめながらも、素直に口を離した。その後に開いた小さな穴に目を止めて、ゴウトが笑う。
「ふふ。葛葉の仕立てた布地に穴を開けたのが、悪魔では無く子猫とはな。」
ゴウトの軽口に、ライドウは息を吐いて首を振る。
「……済まない。後で、このものには咎を課す故……。」
「コラコラ、だからお前はどうしてそうも――」
「ミャーーッ!!」
書生と黒猫の会話を、甲高い泣き声が遮った。
見れば、子猫が毛を逆立ててゴウトを見つめ――否、見たところそれは睨んでいるのだろう、子どもながらも強い眼差しを向け、フーッと唸り威嚇している。
それに直ぐさま気づいたライドウが子猫を両手で覆い、ゴウトに対する不躾な視線を隠した。
くぐもる鳴き声。ライドウは帽子の庇を僅かに下げて吐息を一つ零すと共に、謝罪を告げる。
「……重なる、非礼……申し訳なく、思う。」
「いや、俺は構わんが……今のは、何だ? 何故――」

子猫が急に、威嚇した?

「……。」
だがライドウは視線を逸らし、答えようとしない。
通常ならば、ライドウは首を横に振るか「分からない」と素直に言う。しかしそうせずに視線を外して沈黙したのは、答えたく無いからか。ともかく、珍しい反応ではある。
「七綺?」
ゴウトが下から顔を覗き込むようにして視線を合わせれば、ライドウは僅かな逡巡を見せた。
だが、それ以上は抗えなかったらしい。直ぐにゴウトに視線を戻すと、緩慢な語り口ながらも言葉を紡ぎだした。
「……このものは、貴方に……嫉妬、というものを……している。」
「嫉妬!? 俺にか!?」
「ああ。……先程の見苦しい様……あれも、俺の外出を引き止めたき故の行動であった。」
ライドウの腕の中で、子猫がみいみいと泣き喚いているのが聞こえる。暗いから鳴いているのではなく、ライドウの顔が見えないから抗議しているのだ。
何と、まあ。
ゴウトは片眉を押し上げてライドウを見ると、さも愉快そうに笑いだした。
「これは随分と好かれたもんだな七綺。ああ、本当に、全く――くくっ……はははははっ!」
嬉しいのか、ゴウトが哄笑する。そんな黒猫を無表情に見つめ、書生は不思議そうに首を傾げて呟いた。
「貴方に非礼を向けたのに、何故……。」
その白い手の中には、今だみいみい鳴き続ける子猫が一匹。
冷たい檻中だろうに、呼びかける声にはどうしてか甘えるものが混じっていた。
鳴海が肩を竦め、自分で考えろとばかりに苦笑を一つ。