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白猫ジェラシイ

09.夜祭日和:壱


一つ、二つと花火が上がる。
その光の欠片が砕け散る様に見蕩れる、ヒトと猫が、それぞれ一人と一匹。
ヒトの胸に抱かれた黒猫は――ゴウトは、それぞれに同じ面差しをして夜空を見上げたまま動かない彼らを見て、ひっそりと笑う。
この様子から察するに、どちらも花火を見るのは初めてらしい。彼らは煌めく花火を瞳に映るがままにさせ、微動だにしない。

……未だに、声すらも出さず。

ライドウの和装は、寝間着姿としては幾度か見慣れたものだったが、浴衣はまた違った風情になるものなのだな――と、麗しき書生の横顔を見上げ、黒猫は目を細める。
素肌が覗いた前口は艶かしく、すっと伸びた項は色めいていて。
相変わらずいつもの学帽を深めに被っているとはいえ、その陰より覗く相貌などはやはりどうにも美しい。
夜に飲まれぬ美。
これで、いま夜空を見上げているあの表情が笑顔だったら……と、思う。
感情表現に乏しいのが、本当に勿体無い

無愛想手前の、朴念仁――それが彼、葛葉ライドウ。
育てるのに苦労する我が愛しのデビルサマナーは、敬愛する黒猫ゴウトを肩に、そしてすっかり居候然としている野良の白い子猫を左腕に抱え、花火を見上げている。
ゴウトが声を掛けたのは、そろそろ感想を聞いてみようかと思い立った頃だった。


◇  ◇  ◇


「お前達、花火を見るのは初めてか?」
問えば、最初に反応したのはやはりと言おうか、彼の書生ライドウだった。
空の燐光に向けていた視線をゴウトに合わせると、彼の緑瞳を真っ直ぐに見つめ、こくんと頷いた。唇から零れるのは、夜気よりも冷えた声。
「ああ。……彼の如き、希世なるものを見るのは……今が、初めだ。」
「にゃぅ。」
遅れて、白猫の声。だが、その瞳は花火へと向いている。ライドウほどの敬意を、子猫は勿論持ち合わせてなど居ない。
反応の差分にゴウト彼らを交互に見遣り、笑う。

「ははっ! だろうな。お前達、揃って同じ顔をしているからな。」
「にゃ!?」
ゴウトの言葉を聴いた途端、白猫が勢いよく振り返った。そして表情をパッと明るくすると、次にライドウを見上げて、その小さな前足で彼の胸を押した。

「みゃあ! にゃあー!」
きらきらした瞳を向け、何か言いたげに鳴く。
「……。」
だがライドウは無言で白猫を見つめただけで、反応せず。
この書生は、いつもこのような態度だ。
彼の唯一はゴウトのみであり、他には意識を向けない。
氷の眼差しで跳ね除け、怜悧な気配を纏って寄せ付けない。

しかし、白猫はその熱の無い視線を受けても怯まず――元より、この幼きものはライドウをひどく好いている――その浴衣の襟にしがみつくと、にゃあ、と問いかけるように鳴きだした。
どうやら、ゴウトに「ライドウと同じ」と言われて嬉しいようだ。
「みゃー! にゃーあ?」
「……。」
「うーにゃ? にゃあう。」
「……。」
「みゃあ! みゃーあ!」
ライドウを見つめ、白猫は鳴く。まるで会話をするように。
何を言っているのか。――猫語は、ゴウトにも理解が可能だった。

『貴方と同じだと言われた!』
『うれしい!』
『ねえライドウは?』
『ライドウも、うれしい?』
『ねえ。』
『ねえライドウ!』
――この猫は、こどもである故か実に素直な感情を表に出す。
七綺もいつかこうあってくれれば……と、思いつつ、ゴウトは様子を見守っていた。

さて、ライドウはどう反応を返す?

花火の音が鳴る。
ライドウの無言を埋めるように。
ひとつ、ふたつ。
そうして三つ目が鳴った後、ようやくライドウが動きを見せた。
白猫が期待で耳をピンと立てるが、しかし首を横に振った彼の書生が口にしたのは、温かい答えではなかった。

「俺とお前は、相似ていない。……全くに。」


◇  ◇  ◇


「にゃ……、……みゅー……。」
冷徹なる反応に、流石の白猫も耳を下げると項垂れ、小さく鳴いた。
「おいおい、そう突き放すこともないだろうが。」
白猫の落ち込みようを見かねて、ゴウトが横から口を挟む。
少しだけ強い口調でライドウを諌めれば、彼は一度ゴウトに視線を戻すも、直ぐに横へ逸らしてしまった。
無礼スレスレのそれは、無表情の彼が答えに惑う時に見せる反応だ。
「七綺。」
「……戯れ言、だ。」
「白はお前が好きなんだ、七綺。分かるだろう……いや、少しは解ってやっても良いだろう?」
「……。」
「抵抗するようなことか? 白に作為はない。ただ無邪気にお前を慕っているだけだ。」
書生を柔らかく窘めながら、ゴウトは身を丸くして項垂れている子猫の背を優しく舐める。
「なあ七綺。お前が俺を慕うのと、どう違う? どちらも同じ好意だ、純粋な。違うか?」
ライドウは未だ目を合わさずに沈黙していたが、やがて躊躇いがちに言葉を吐き出した。
「否……否、違う。俺と、このものは――俺は……、など……」
「……七綺?」
言葉の最後のほうが聞き取れなかったのは、花火の音が原因か?
ゴウトが眉を顰め、ライドウを見上げた。帽子の庇の陰にあったのは、常からの無表情ではなく――微かに眉を寄せたその顔は、まるで苦痛に耐えているかのような。

「七――」
「にゃあっ!」
ゴウトの声を遮ったのは、今まで元気なく項垂れていた白猫だった。
ライドウとゴウトの視線を引き付けたのも無自覚なまま、突如大きな声で鳴きだした。
「みゃあ、にゃーあ! おぁう、う……にゃー――!」
「な、なんだ? どうした、おい……白! 落ち着け!」
「……。」
白猫の勢いに仰け反るゴウトとは対照的に、ライドウは静かに相手を見詰めていた。
そのうちに、息を切らした白猫がライドウの胸にこつりと頭をぶつけて押し黙ると、今度は入れ替わるようにして書生が口を開く。
「……戯言、だ。」
それは先程と同じ言の葉であったが、氷の気配は消えていた。
「七綺、白はいま何と?」
聞き取れなかったので――どうにもむちゃくちゃすぎて言葉になってなかった――白猫の言った台詞を、ゴウトが訊ねた。
ライドウは学帽の庇を押し下げて表情を隠してから、答える。

「……それでも、俺は、同じ……らしい……。このものの想いと、俺は……純粋、だと。だから……、……うれしい、と。」
その仕草は、まるで気恥ずかしさを誤魔化しているようにも見えた。
ゴウトが丸い目を更に丸くし、口元を緩める。
「おい。まさかお前、照れて――」
「ウミャッ!」
真意を探ろうとしたゴウトがライドウの顔を覗き込もうとすれば、間を縫って白い塊が先に割り込み、その行動を奪った。
今までゴウトが慰めてくれたにも関わらず、白猫は小さい身体を目一杯伸ばすと、ライドウの首元に擦り寄り、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
――臨機応変、それとも立ち直りが早いのか?
うにゃうにゃと呟いている白猫の言葉が、今度ははっきり聞き取れる。

『すき。』
『だいすき。』
『ライドウ、すき。』
『貴方が、だいすき。』

「……なんとまあ。」
成程――ああ、成程。
ゴウトはくつくつ笑うと、髭を揺らしてライドウを見上げた。
そして告げるは勝敗。
「お前の負けだ、七綺。」
ライドウが驚いたように――表面上は無表情だが――小さく口を開けた。
そして首を横に振って何か言いかけようとするのを前足で制し、ゴウトは続ける。
「負けだよ。今のを聞いただろう? 今のが聴こえただろう嬉しい言葉じゃないか。ひたむきな想いじゃないか。このようなことは滅多に無いぞ。大切にしてやれ。」
「……、俺の唯一は……ゴウト殿、貴方のみに――」
「~~~ッ! フミャッ!」
何処までも否定的――拒絶的なライドウに、白猫が遂に怒りの行動をとった。