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刹那の宵、瞬きの暁

13.抗告受諾



目付役殿を、守れなかった。
容易に侵入者の攻撃を許してしまった上に、彼の方に痛みまで与えてしまった。
何という失態。何という罪罰。
勿論、俺が直にそうしたわけではないのだが、けれど――結果的に見れば、全て同じこと。

俺は何処まで役立たずなのだろう。
汚名は返上できぬまま、どんどん募っていく。
穢れとして、この身に溜まっていく。
無様な存在は、やはり何時までも愚かなまま、変わる事は無いのだろう。
カラスの御方が言った通りだ。

俺は無知で醜く、愚鈍な――モノ。
それが、自身の時を止めるまで変わらない、俺の価値。

俺の有様で――……あるのだろう。


◇  ◇  ◇


「本当に、怪我は無いのか……目付役殿。」
ゴウトが自ら歩けると言うのにも構わず、ライドウは相手を抱き上げて縁側へと運んだ。
下ろす際に外套を敷布にし、その上に横たえてから声を掛けると、ゴウトが苦笑して言い返す。
「お前も随分な心配性だな。大丈夫だと言ってるだろう? それと……また俺の呼び名が戻っているぞ、七綺。」
「……すま、ない……しかし、本当に無傷なのか。僭越ながら……あのような勢いで地面に押し付けられたのならば、擦過傷が出来た筈だが。」
ライドウが尚も、ゴウトの怪我の有無に執拗に食い下がる。
それは恐らく、判っているからなのだろう。
ゴウトが傷を負ったことを。
――この葛葉は、誤魔化しが通用しにくい。ゴウトは心中で嘆息付くと、観念したように白状した。
「その辺に関しては、やはり敏いな。まぁ……確かに、掠り傷くらいは出来たが。しかしな、」
「――やはり、怪我を。今、薬箱を持ってくる。貴方は、そのままで。」
「あ、コラ。待て七――……」
ゴウトの言葉が途中なのにも関わらず、ライドウは怪我を肯定したのを聞いた瞬間、庵の奥へと消えていった。どうやら、薬箱を取りに戻ったらしい。
静かな足取りだったが、その動きはいつもより素早い。
傷の程度よりも、ゴウトが怪我をしたこと自体を重大に感じていることは最早、明白だった。
これも、カラスの”教育”の賜物か。
はぁ……と息を吐き、首を振り振りゴウトが呟く。

「全く……あいつは大事にしすぎる。」
「そうだねぇ。掠り傷なのにねぇ。」
「……誰のせいだ、誰の。」
気づけば、鳴海が側に立っていた。
ゴウトがじろりと睨み上げれば、相手が頭を掻いて苦笑する。
「あはは。いやぁ……そんな怖い顔しないで。仲良くしようよ。」
「こんなことになったのは、そもそもお前が此処へ侵入したからなんだぞ。七綺の忠告を無視した、莫迦な人間のせいでな。」
「だから、反省してるってば。それはそうと、さ……あの子、なんて名前なの?」
「……何?」
「だから、あの子だよ。さっきの綺麗な人形さん。人間なんだから、名前くらい有るんだろ?」
「……。」
鳴海の質問に、ゴウトは口を閉ざすと首を傾げた。
先程からライドウの真名を口にしているのに、何を今更――……。
思わず眉根を顰めそうになったが、ゴウトは此処で或る事を思い出した。
真名というものは、当人が相手を認めた上で名を明かさなければ、相手が認識できない――確か、そんな理を持っていた筈だ。
それならば、鳴海の質問にも納得がいく。
鳴海には、ライドウの真名……七綺と言う音が、聞こえていないのだ。
しかし、かといってそう易々と教えるわけにはいかない。なにせ相手は正体の知れぬ謎の”旅行者”なのだから。
ふん、とゴウトが笑って、言葉を紡ぐ。

「お前のような奴に、教えてはやらん。」
「えぇー!? 何でさ。名前が分からないと、困るじゃない。」
「何でお前が困るんだ。」
「困るよ。何て呼べばいいか分からないから、声が掛けにくい。」
「……知ったことか。」
ゴウトが呆れた顔をしてソッポを向けば、鳴海が更に近づいて子供のように喚く。
「ちょっとちょっと! 教えてくれってば! 俺だってもう自分の名前を名乗ってるんだしさぁ!」
ゴウトの背に手を掛け、揺さぶって食い下がっていた、その時だった。

「――彼の方から離れろ。」
「え、――うわっ!」
冷たい声と共に、ひゅん、と刃が一閃した。
かわした、と思ったのも束の間。
びりっと肩口に痛みが走り、鳴海は顔を顰めて、その場に片膝を着いた。
痛む箇所に目をやると、そこには致命傷とはいかないまでもそれなりの刀傷が出来ていた。
少し……深い。
どうやら、今度の攻撃は全く容赦が無かったらしい。
「痛ぅ……いきなりこれは酷いんじゃ……ないかな、書生君……?」
「……。」
だがライドウは睥睨するように鳴海に冷たい一瞥の視線を投げると、刀を収めて、一言。

「俺は、未だお前を赦してはいない。……彼の方に気安く近づくな。」
冷徹な視線、言葉を受けて、鳴海が肩口を押さえながら顔を歪めて、笑う。
「あは……厳しいね、どうも。」
「七綺、何ということを! ……大丈夫か、鳴海?」
「あはは、まあ会話が出来る分には平気だと思うけど……ね。」
ゴウトが牙を剥いて行動を咎めれば、ライドウが向き直って首を傾げた。
「滅しては、いない。……これでも、いけなかったのか。」
「――あのな、七綺。人を……命を軽んじるな。生命は一度失えば、もう二度と元には戻らんのだぞ。」
「反魂の法、でもか。……しかし、血返しをしたところで……価値が、変わるわけでも……無い、か。」
「――七綺!」
鳴海を嘲るような言葉を口にするライドウに、ゴウトが叱声すれば。
「……。……勝手な行動をとって、すまない。」
ライドウが目を伏せて、ようやく謝罪の言葉を口にした。
だがゴウトの側に正座すると、薬箱を開けながら何事もなかったかのように淡々と話し出す。

「……ゴウト殿。傷の、手当てを。」
「……俺よりも、鳴海の方を構ってやれ。どう見ても、あいつの方が重傷だろうが。」
「……。この人間を、貴方より先に看ろ、と。しかし、この者は貴方に傷を負わせた。それでも……か。」
どうやらライドウは、鳴海に対して警戒の姿勢を崩さない気でいるようだ。
こんなにも頑ななのは、珍しい。
もしかしたら、怒っているのかもしれない。

(……怒る? 七綺が?)
無表情で無感動、見事に無機質な人形が、怒りを抱いていると?
無機質なライドウが――七綺が、もしそんな感情を抱いたのならば、これは喜ばしいことだ。
しかし、その後がまずい。
何故なら相手に斬りかかった挙句に、傷を負わせてしまったのだから。
なので、よく考えたらこれはあまり宜しくないことでもある。
喜びたいのに、喜べない――……そんな何とも言い難い状況下に、ゴウトは額に前足を当てて呻いた。

鳴海に非があるのは、分かっている。
その上、鳴海は侵入者であり、七綺が警戒の構えを解かないのは当たり前だ。
しかし、七綺がとった行動にも若干行き過ぎた感があるのも事実。
ゴウトは眉間に皺を刻んで悩む。
七綺が一方的に悪いわけではないのだが、かといって咎めないわけにもいかなかった。
ふーっと一息ついて気を落ち着けると、ゴウトは七綺に向かって語り掛ける。

「七綺……。お前の考えも分からんではないが、しかし鳴海も反省しているんだ。だからどうか、許してやれ。」
「……。」
七綺が沈黙し、目を伏せる。
享受するのに抵抗があるのか、なかなか従おうとしない。
「七綺。」
ゴウトが諭すように柔らかな声で名を呼ぶと、決断したのか七綺が顔を上げて口を開いた。
「……貴方の言葉に、従おう。……ならば以降、この人間に対してどうすればいい。」
「ん、そうだな……。とりあえず、刀を抜くな。それと――傷の手当てをしてやれ。」
「……――承知した。」
答えるなり、今度は鳴海の方を向いて七綺が言う。
「人間……此方へ、来い。傷を、看る。」
「あはは……無表情のままで言われると、怖いんだけど。」
鳴海が苦笑を浮かべながらそんな事を言うも、七綺は視線を薬箱に向けており、箱の中を探りながら言葉を返す。
「……俺は今、お前に対して何もしていない。故に、怖い、と言われる意味が理解できない。」
そしてまた鳴海を見て、言葉を繋ぐ。
「不明な言葉を吐くよりも……早く、此方へ来い。お前の為に、ゴウト殿が、貴重な時間を下さっているのだ。」
「人よりも、猫を優先するかい……はいはい、分かりましたよ。」
「……肯定は、一度でいい。」
「あーもう、細かいね。仲良くしようよ。ね?」
「……。」
軽薄な態度を崩さない鳴海に対し、七綺は何処までも無表情なままで、そうして相手が近づいてくるのを静かに待っている。その傍らでは、ゴウトが七綺の行動に注意を払っていた。
一応、約束はしたのだが、それでも七綺が刀を抜かないように、と願わずには居られなかったのは、多分、鳴海の態度のせいだから。

この男は、もう一度斬られてしまえば良いんじゃないか――と。
つい、そんな事を思ってしまったのは秘密のままに。