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刹那の宵、瞬きの暁

24.土産、名残



「じゃあ、帰るよ。俺。」
「……。」
にこりと笑って、最後の別れを言う鳴海。
対し、ライドウは無表情無言のまま。
じっと見つめてくるライドウの視線に気圧されながら、鳴海が頭を掻いて言う。

「あー……あの、さ……何か言うこととか訊くこととか、無いの?」
「何をだ。」
「いや、例えばさ。俺の目的とか――正体、とか。」
するとライドウが僅かに首を傾げ、鳴海を見上げながら言い返した。
「問い聞いて、何とする。……いつか言ったと思うが、俺にはもう、関係の無いことだ。」
「うっわ、冷たい。」
「それに……目的、というが、お前の正体は、迷い児なのだろう。……ゴウト殿から、そう聞かされている。」
「あ、……うん。そう、なんだけどさ……。」
正体が露見しないようにと、結構それなりに緊張したりしてたのに。
結局は、この様この言われ方。
追求されなくなったのは良いが、「関係無い」と言われ、あまつさえ無関心なままなのも、それはそれで面白くない。
止めに、お前の正体は迷い児だ、と。そんな情けない確定をされるとは。

鳴海は子供のように拗ねた顔をした――が、相手はその行為の意味にすら気づかない。


◇  ◇  ◇


可視可能になった道の先(ライドウのとんでもない行為によって現れたものだが、鳴海はもうあまり気にしない事にした)を一瞥し、それからライドウの方を振り向いて鳴海が笑いかける。

「ま、色々あったけど……ともかく。案内ありがと、書生くん。」
「……俺は、ゴウト殿の命令を遂行しただけに過ぎない。」
別れの握手をしようと鳴海が片手を差し出すも、ライドウはその手を握り返そうとしない。
差し出された鳴海の手を見、鳴海の顔を見て――無表情に首を傾げるだけ。
「こういった礼儀に関しては疎いんだな、お前さんは。ほら……こういう時はこうするんだよ。」
笑いながら鳴海が強引にライドウの手を握り、上下に振った。
がくがくと、振動に揺さぶられるライドウ。
その顔にはやはり何の表情も浮かんでいないが、逆にそれが可笑しい。
なされるがまま、なライドウから手を離し、鳴海が言葉を繋ぐ。
「さて、と。これでお別れだね。何だか寂しいなあ――……って。あの、書生くん? 何を?」
鳴海の言葉を余所に、不意にライドウがごそごそと自身の懐を探り出した。
何かを探しているのか、それとも取り出そうとしているのか。
鳴海が訝しみ、ライドウの顔を覗き込もうと距離を詰めれば、突如ライドウが無言のまま顔を上げた。

「な、なんだい? 気分でも悪くなったとか?」
身を引く鳴海。もう流石に斬りつけられるようなことはないと思うのだが、どうしてか反射的に身構えかけてしまう。身に付いたあの恐怖は、なかなか消えるものではない。
「ねえ、どうかした? 書生くん。」
戸惑いながらも話し掛けると、ライドウが鳴海を見つめ返したまま呟いた。

「……遠神……恵賜――。」
「へ? ――ぶぁっっ?!」

何事か分からぬ短い言葉と共に、突然ライドウが鳴海に向かって何かを投げつけた。
それは細かい粒の何かであり、しかも急に顔面を直撃したものだから、緊張していた鳴海が避けきれなかったのも無理からぬこと。
鳴海の顔一斉に投げかけられたもの、それは――……。
「ぶはっ、げほっ……ぺっぺっ……うわ、何だこれ……しょっぱい。……塩か!?」
「……ああ。」
「ああ、……じゃ、ないよ! イキナリ何するんだ!」
塩塗れになりながら鳴海が抗議するも、ライドウは涼しい顔をして――とはいうものの、単に変わらずの無表情なだけだが――口を開き、言葉を紡ぐ。
「ゴウト殿に……言われた。別れの間際に、鳴海に塩を撒いておけ、と。」
「あ……んのクソ猫!」
どうやら、鳴海とゴウトの相性は何処までも悪いらしい。
ガシガシと頭を掻きながら鳴海が苛立った声を上げると、それを見たライドウが首を傾げて言う。
「帰路の無事を願う、魔除けの……洗礼だ。彼の方の、尊き気遣いであるのに、何故そんな顔をする。」
静かな声であったが、ゴウトが絡むと途端に物騒になるようだ。
言いながら、かきり、と刀の唾を押し上げたライドウを見て、鳴海は顔に付いた塩を払いながら言い返す。
「――あのね。お前さんも、もう少し考えて行動しような? 俺の機嫌が悪くなったのは、お前さんにも原因があるんだよ。」
何とか怒りを鎮めつつ、諭すようにライドウに注意する鳴海。
だが、ライドウはただ首を傾げたまま、変わらぬ一言を注ぐ。

「……よく、解らない。」
「……うん。言うと思ったよ。」
「お前は魔除けを受けるのを、好ましく思わないのか。」
「魔除けっていうのは、もう少し丁寧にするもんじゃないのか? ……はぁ。もういいよ。」
何とか塩を払い落とすと、鳴海は呆れたように溜め息を吐いた。


◇  ◇  ◇


「ほんと、最後にやってくれるね君は。……じゃ、今度こそ帰るから。」
「……何度、同系の言の葉を口にする気だ。」
「少しは名残惜しそうな顔で引き止めてはくれないものかね?」
「何を惜しめ、というのか。」
「……だよねー……あ。そうだ書生くん。最後にさ、ちょっと……いいかな?」
立ち去りかけるライドウの腕を鳴海が掴み、引き止めた。
ライドウが無表情に鳴海を見返し、首を傾げる。
「まだ……何か、あるのか。」
かちゃり、と腰の帯刀に手を掛けるのを見て、鳴海は慌てて首を振る。
「こらこらこら! そういちいち身構えるんじゃないの。何もしないよ、何にもしないから……!」
「……。」
す、とライドウが刀を収め直したのを見てから、鳴海が安堵し言葉を継ぐ。
「俺は唯、お土産が欲しいだけ。」
「……おみやげ……とは、何を――……」
「あはは――今から教えてあげるよ。」
鳴海の言葉をなぞり、く、と首を傾げるライドウの言葉を途中で遮るように、相手が腕を引いた。

引力に従い、ライドウの身体が傾き近づく。
その身体を、引き寄せ。

――刹那の口付けを、一つ。

「……御馳走様。」
ぺろりと唇を舐めて、鳴海が笑う。
「――って。お前さんは、これでも動じないのな。やれやれ、面白みの無い。」
唇を奪われても無表情に立ち尽くすライドウに、鳴海が苦笑した。
が、すぐにまた笑顔を浮かべると、くるりと背を向けて道を下りはじめて――……。
「あ。そうだ、書生くん!」
何を思い出したのか、鳴海は折角戻った道をまた駆け上がってきた。
そしてライドウの方へ早足に近寄り、その肩を掴んで言う。
「名前、名前。結局、聞いてなかったから。君、名前は?」
「……何故、帰る段になって訊く。」
「訊き忘れてた……というか、君が全然教えてくれなかったからだろ! ね、名前は?」
「……。」
ちなみに、真名の音を聞き取れない理をいいことに、ゴウトは最後まで一片たりとも鳴海にライドウの名前を教えていなかった。――継ぎ名である、ライドウという音すらも。

「俺はもう名前を言ってあるのに、自分は名前を明かさないっていうのは卑怯だよ。」
「ひ、きょう……悲観するべきことなのか……」
「え?……あー……書生くん。その悲況、じゃないんだけど。まあ、あながち違うことも無いか。」
悲しい、というのは間違っていない。
事実、悲しいのだから。
別れが。

「ほら。お兄さんに名前を教えなさい。じゃないと騒いじゃうよ? ゴウトに迷惑が掛かるかも。」
どの口でお兄さんだと言うのか。
というよりも、どうやら鳴海は色々懲りていないらしい。
ゴウトに迷惑が、という言葉を聞いたライドウが溜め息のような吐息を零し、口を開く。
「……ライ、ドウ……。」
「ライドウ? 何処かで聞いたことあるような――って。ま、いいか。そうか、ライドウっていうんだ。ふうん……良い名前じゃない。」
鳴海が褒めると、ライドウが少し俯き、小さく呟く。
「……真名は……称揚を受けるに、値しない。」
「うん? 何だい。」
問い返せば、ライドウが顔を上げて。
「……否。何も。」
「そう?」
鳴海はまだ何か問いたげにしていたが、どうせ訊ねても無駄だと思ったのだろう。
追求を止め、帽子を被り直して言う。
「じゃあ、ライドウ。夜道の中を送ってくれて、ありがとな。」
「礼は、不要だと――」
「――不要でも何でも、俺が言いたいから言ってるんだよ。ありがとう!」
「謝意は要らないと、言うのに……何故……。よく、分からない。けれど……」
そこでライドウが口を閉じ、鳴海を見据えた。
「え? な、何?」
突然の強い凝視に惑う鳴海に、更なる驚きが与えられるのは直ぐのこと。
ライドウは僅かに首を傾いだかと思うと、鳴海を見て。

「……ありがとう、と言われるのは……悪くない、な。」
ライドウが、笑った。微かに口元を緩めただけの代物だったが、それで充分だった。
氷の美貌が砕け、その下から現れたのは絶佳の微笑。
なんて顔をして笑うんだ……!
鳴海が硬直し、ぱくぱくと口を開閉させる。
「書生、じゃなかった……ラ、ライドウ……? お前さん、笑えるのか……?」
「……何を、言っている。」
そう答えたライドウの表情には、既に微笑は無い。
刹那の口付けの対価には、刹那の微笑を……そんな感じだろうか。
少し残念に思いながらも鳴海は我に返ると笑みを浮かべ直し、踵を返しながら言い返す。

「あはは。最後に良い土産を貰ったな。じゃ――またな、ライドウ――……!」
陽気に笑って身を翻すと、今度は一気に走って山道を駆け下りていった。
「……。」
ライドウは暫し、そうして人影が遠ざかり小さくなっていくのを見つめていた。
が、やがて静かに息を吐くと、くるりと背を向けて来た道を歩き出す。
一度も振り返らず、薄闇の中に伸びた不可視でなくなった道を、真っ直ぐに。