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黒猫、萌ゑしは書生

04.嫉妬

知らぬ感情に嫉み妬んで


久し振りに帰還した帝都ではあったが、変わらぬ町並み、賑やかな風景は、直ぐに緊張を吹き飛ばしてくれた。
懐かしい風、懐かしい空気。
その中でまた始まる、探偵見習いとしての日々。
……と、此処までは表向き。
勿論、本業は帝都を護るデビルサマナーである。
なので聞き込みは人からではなく、いつものように先ずはミルクホールへと足を運んだ。
此処に集うは一般客ではなく、その大体が同業者である為、包み隠す必要が無くて色々と助かるのだ。
そんな彼ら先輩方から早速、為になる話や有益な情報などを聞き込むライドウ。
昔に比べ、人と話すことに随分慣れたようだ。視線が、姿勢が、凛としている。
会話に応じているライドウを見つめながら、ゴウトはひとり満足げに目を細め、頷いていた。

(ふっ。すっかり逞しくなったな、七綺。)
己の雛の成長が嬉しく、誇らしく――それと共に別れが近づいていることを寂しく思いながら、ゴウトはライドウの背を見つめて呟く。
(……なあ、七綺。俺の名を継ぎし十四代目。あまり急いで成長してくれるな。)
悲しげな色を緑の瞳に混ぜ込み、目の前で別のサマナーと会話しているライドウの姿を視線で追いかけながら、ゴウトは届かぬ思いを投げつける。
(……俺は――……お前の業斗童子は、もう少し共に在りたいんだよ。)
それからゴウトは意味も無く、にゃあ、と鳴き、会話に興じているライドウの意識を己に向けさせるのだった。


◇ ◇ ◇


――ライドウの様子が、何だかおかしい。
ミルクホールを後にして道沿いに行き、高架道の下を歩いている最中のこと。
ゴウトは、ライドウの気配に妙な揺らめきを感じて不思議に思っていた。
この十四代目ライドウは元来人との接触を非常に苦手としていたが、先程の様子を見ている限りでは、何も問題は無かった。……筈、だと思う。
何か、気に触ることでも言われたのだろうか? 表情は帽子の庇で隠れていて窺いにくいが、何処となく機嫌が悪いような感じがする。
ゴウトは客との会話を幾つか思い返してみたが、あの場に居たのはほとんど此方と同じ素性の者たちであるから、そうそう嫌な目に遭うことは無いし、何かを仕掛けられた訳でも無い。

ならば、何が?
散々考えてみたが、どうにも答えが浮かばない。
これは本人に聞いてみたほうが手っ取り早いだろうと考え、ゴウトは少し先を歩くライドウに向かって声を掛けてみることにした。
「おい七綺。何か、あったのか?」
「――。」
だがライドウは振り返らず、ゴウトを見ることもしなかった。機嫌が宜しくない証拠だ。珍しく行儀が悪い。
それでも、一応は律儀に立ち止まると、前を見たままで答えを返してきた。
「……。別に、何も。」
無表情を装っているつもりなのだろうが、声が硬い。
(まだまだ甘いな、十四代目。)
ゴウトは苦笑を押し殺すと、ライドウの足元まで近づいたその距離から会話を繋ぐ。
「顔に出てるぞ未熟者。それに猫の視線を侮るな。……ん? どうしたんだ。」
からかいを混じらせながらも柔らかな声で訊ねてやれば、ライドウは庇を押し下げ指摘された表情を隠した後で、重い口を開き始めた。
「先程……。ゴウトは、先生と呼ばれていた。」
「ああ、あの者との会話か。ふっ。昔の話だ。」
「……俺は、知らなかった。」
「ハハッ! 当たり前だ。お前と会う随分と前のことなんだからな。むしろ、知らなくていい。」
ゴウトは苦笑したが、しかし当のライドウは笑わず、ぼそりと呟いた。

「俺だけが――知らなかった。」
「七綺?」
掠れた吐息のような呟きを聞きつけてゴウトがふと見上げれば、ライドウが唇を軽く噛んでいる様子が見えた。
何処となく、悔しそうな顔。
――悔しい?

「何だ七綺。まさかお前――嫉妬しているのか?」
ゴウトが何気なく口にしたのは、軽口めいた意地悪な台詞。
そんなわけ無いだろう! と、言い返されるかと思ったのだが、ライドウの返事は――。

「そうなのだと……思う。」


◇ ◇ ◇


漠然として、曖昧な。けれどそれは確かな肯定だった。
予想外の答えにゴウトは驚き、思わず言葉を失う。
(これはまた素直に認めたものだ。)
ゴウトの驚きなど知る由も無いライドウは僅かに庇を押し上げると、そこでやっと足元の黒猫に視線を移して言い繋ぐ。
「ゴウトの過去を問い質すつもりは無い。俺だって、自らの過去を明かした訳ではないんだ。だから……知る資格すら無いことなど、分かっている。」
「む、う。べ、別に、そう深刻にならんでもいいじゃないか。だから、七――」
「――でも。ゴウトの側に居たのに、俺はゴウトのことを知らなかった。」
「七綺……。」
「俺は、ゴウトの”葛葉ライドウ”なのに……それなのに、何も、識らなくて……。」
ライドウは力無く呟いたが、やがて何かに気づいたようにゆっくりと顔を上げると、ゴウトを見て口を開いた。
「……俺も、そうするべき、なのか?」
「何だと?」
「だから、その……ゴ、ゴウト先生、と――そのように、呼んだほうが良いのか、と……。」
口にするのは気恥ずかしかったようで、ライドウはそんなことを言うなり顔を赤く染めて俯いてしまった。
それは既に真名の姿。
嫉妬を認めた雛鳥は、ああどうしてこういつまでも柔らかいままなのか。
ゴウトは呆気にとられた表情で相手を見上げ、しばし言葉を失う。失言する羽目に陥ったのは、これで二度目だ。

この葛葉は、何故こうも心を惑わせるのが上手いのだろう。
不器用な技巧ながらも、しかし見事なこの一撃。流石は葛葉ライドウ、というべきか。
いいや、この場合はライドウではなく真名である方を誉めてやるべきか?
ゴウトは苦笑いに似た笑みを口元に刻むと、わざらしく溜め息を吐いて言い返す。

「……全く。莫迦者だな、お前は。下手に気取らず、今まで通りゴウトと呼べ。」
「俺のような未熟者には……不相応、だったか?」
「違う、そうじゃない。俺は、距離を置こうとするな、と言っているんだ。」
「距離を、置く?」
「ああ。俺たちは最初から、先生生徒というような関係ではなかっただろう? それに、共に並んで歩く存在に、敬称などは要らん筈だ。違うか?」
「……ゴウト。」
ライドウが目を丸くし、それから――口元を綻ばせて、笑った。
庇の陰の下で、艶然と咲く微笑の花。
共に並んで歩く存在なのだ、という言葉が嬉しかったのだろう。子供のような微笑だった。
ライドウが見せた真名の姿の素顔に、ゴウトは目を細め、笑みを深くする。
この微笑を知っているのは多分、自分だけだろう。普段あまり表情を変えない”ライドウ”の間近に居るのは、この業斗童子ひとりだけ。
十四代目の目付役のゴウト、だけ。

俺だけが知っている――”ライドウ”
つられて同じような笑みを浮かべてしまいそうになったが、どうにか堪えるとゴウトは平常を装ってライドウに言う。

「気が晴れたようだな。では、捜査の続きを再開しようか。――気を引き締めろよ、七綺。」
「そうだな、済まなかった。ああ、一緒に行こう。……一緒に、ゴウト。」
そうして七綺が緩やかにライドウに戻りつつ柔らかに微笑して答えを返したのを見て、ゴウトはまた相好を崩す。

そうだ七綺。
俺たちは、こういう関係で良いのだ。
身分の高低などに関わらず、拘らず。
気兼ねなく緩やかに接し合えるこの関係が、一番良い。

黒猫はヒゲを揺らして唸ると、前を行く己の書生の後を付いていく。
足跡を見事になぞり、重ね――同じ道を、一緒に。