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黒猫、萌ゑしは書生

05.福音

答え求め懐疑する書生に、猫が告げたのは福いの音


ヤタガラスの使者からの依頼を受け、深川町の見世物小屋に足を運んだ。何でも、この辺りで不気味な声だか光だかを見たものが居るらしい。
葛葉ライドウとしては、そのような帝都の不穏を見過ごす訳にはいかない。依頼場所に足を運べば、そこに身構えていたのは時代の発展に伴い、住処である自然を壊され追われ、人間に恨みを抱くようになった悪魔、マカミだった。

和解を前提に先ずは話をしようと試みたのだが、そうする間もなく襲い掛かってこられた以上は応じないわけにもいかず。
葛葉のデビルサマナーとしてのライドウは、帝都と人々を守る義務があった。

だから――刀を、抜いた。

抜かざるを、えなかった。
そうしなければ自分がやられていた……と。言い訳に似た何処か卑怯めいた台詞を己に言い聞かせながら、ライドウは刀を抜いて彼らを討伐していった。
消え逝くものの慟哭を背に、ライドウは何とも言い難い遣る瀬無さとやり場の無い感情を帽子の下に押し込めつつ、言葉無く刀を鞘に収める。
そうしてライドウの心情に委細構わず、任務は完遂した。
無事に、滞りなく。
――無慈悲にも、容赦なく。


◇ ◇ ◇


一応の解決をした後は、報告の為に帰るだけ。
だがライドウの表情は曇っており、それは任務を達成した者が到底見せるものではないままでいた。
深く被った帽子の御蔭か、立ち込めた陰は生憎とゴウトには気づかれぬままに済み、そうした中で雑談をしながら歩いている最中のことだった。

「七綺、先程のことだが……良き答えをしたな。」
「え?」
黒猫が不意に、ライドウを誉めた。何のことか分からず立ち止まれば、彼の猫はライドウを見上げ、笑う。
「先程、あの悪魔……マカミと話しただろう? 質問に、お前は答えたな。”自然の驚異を受け入れる”と。」
「あ、ああ……。」
「お前は、デビルサマナーとしての本質を心得ているのだな。……俺は嬉しかったよ、七綺。」
綺麗な緑の瞳が優しい光を宿して、ライドウを見つめている。柔らかな眼差しと温かな賞賛を受けたライドウは僅かに目を逸らし、戸惑いながら言い返した。
「そ、れは、ゴウト……過分に、褒めすぎだと、思う。」
「ははっ! そう謙遜するな七綺。ああ――そうだ。今度、メシでも奢ってやろう。好きな物を腹いっぱい食べていいからな。」
「……ん。考えておくよ。」
猫である身であるというのに、どのようにしてライドウに食事を奢ってくれるつもりなのだろう。
ゴウトの提案にライドウは困ったような顔をしたが、直ぐにその表情を微笑に変えると、こくんと頷き相手の気遣いに応じてみせた。
「遠慮はするなよ。さあ、では戻ろうか。」
ライドウが素直に頷いたのを見てゴウトは嬉しげに目を細めると、また帰り道を歩き出した。
その後姿を見つめながら、ライドウは暫しその場に佇むと目を閉じる。

本当は、マカミが最期に口にした恨み事を受けて、心に幾許かの迷いが生じていた。
デビルサマナーとして……いや人間として、自分に何が言えただろう?
否定することも肯定することも躊躇う、強き想い。
生きたいと願う有様を突きつけられ、何も出来ず。
結局は刀を抜き、無慈悲に討伐するしか出来る事がなかった。
マカミたちが消えていくのを、ただ見つめていたライドウ。
己の言葉を返すことも出来ぬままに、立ち尽くしていた。

”ライドウ”に言の葉を取り繕わせ、真名の己はそうして逃げこんでいたのだ。
人に追われ、行き場を失ったマカミたち。文明の発達と共に消えていく命が、この後どれだけあるのだろう。
救えなかった事に対し、ライドウは――七綺は、己の無力さと非力さを、深く恥じた。刀を仕舞いながら、七綺は心の中で叫んでいたのだ。

ゴウト、ゴウト。
業斗童子、俺の目付役。
俺たちは――俺は、どう生きれば良い?
どうしたら、彼らを救えた?
何を言えば、殺めずに済んだ?
言葉として形を成さぬうちに次々と質問が浮かび、消えていく。
感情に押し流され、どうしようも無くなりかけたその時に――ゴウトの声が、聞こえた。

「時には、迷うことも在るだろう。だが……それで良いんだよ、七綺。それがヒトというものなのだからな。」
ライドウが目を開けて回想から還れば、何時の間にか立ち止まっていたゴウトが此方を振り返っていた。目を細め、くくっと喉奥で笑いながら口にしたのは緩やかな称揚。今の自分には不相応すぎると思ったが、けれどそれは混じりけの無い光。
心の強張りが――溶けていく。

「……ゴウト。」
ライドウは黒猫に追いつくと、その優しい目付役の身体を抱き上げた。そして艶やかな毛並みを撫でながら、ゆっくりと歩き出す。
「うむ……今日の手つきはなかなか良いな。どうした?」
気持ちが良いのか、ゴウトがごろごろと喉を鳴らした。ライドウは帽子の庇の下でひっそりと微笑を浮かべ、穏やかに答えを返す。
「ああ。……ゴウトが指南役で、良かったと思って。」
「ははっ。何だ今更!」
今更?
――ああ、そうだ。今更になって思い出した。
ゴウトの存在を。彼が側にいる意味を。

「俺はお前の目付役だ。お前が立派なデビルサマナーになるのを、誰よりも願っているよ。」
「……ゴウト――。」
言葉では言い尽くせない想いが溢れ、零れていく。
何か気の利いたことでも言えればいいのだが、生憎と自分は口下手なものだから、喉で言葉がつかえてしまって、どうにも上手くいかない。
無様な己が歯痒い。けれど、これだけは言える。確かに紡げる言の葉を、ライドウはゆっくりと口にした。

「……有難う、ございます。」
これからも、歩いていける。
デビルサマナーとして、前を見て真っ直ぐに。
何が待ち受けていようとも、強く在ることが出来る。ゴウトと一緒であれば、何処までも。

ゴウトが居るから、戦える。
それがライドウの支え。
ゴウトと共に、帝都を護る。
それが七綺の全ての答え。

――目付役が貴方で、本当に良かった。