黒猫、萌ゑしは書生
07.享楽
共に享ける楽しみにひたすら浸かる
ぷに。
ぷにぷに。
……ぷにぷにぷに。
「――ふふっ。」
何の警戒も無く横たわり、足を投げ出して眠る黒猫が一匹。その側には、同じく身を横たえた青年が居り、彼は今や露になった肉球に無我夢中の有様である。
初めは、おずおずと控え目に。だが相手が目を覚まさぬ様子を見て悟るや否や、行動は次第に大胆になって。
ぷにぷに、つんつん。
ぷに、ぷに。
細い指先で、猫の足裏を撫でたり突付いたり。常日頃の冷静沈着な姿は何処へやら。あまり表情を変えぬ美丈夫は、この時ばかりは継名では無く真名の姿を曝け出し、猫の足先に触れては一人悦に入っている。
誰思おう?
一見すると怜悧ともとれる態度を崩さぬ青年が、このように柔らかな微笑を浮かべるなどとは。
誰知ろう?
何にも心動かされず惑わされずデビルサマナーとして凛と在る青年が、このように無邪気な行為に心捕らわれているとは。
束の間の休息。
他には誰も居ぬ空間の、束の間のひととき。
それは誰にも気づかぬうちにライドウの素顔が垣間見える、貴重な瞬間。
◇ ◇ ◇
眠る猫。寝る子だから”ねこ”なのだという話を、誰かから聞いた気がする。
眉唾めいた由来だが、こうして眠りに落ちている猫の――ゴウトの寝顔を眺めていると、成程もっともだな、とライドウは納得してしまう。
至極幸せそうな顔をして猫を見つめる書生の白い指先は、しどけなく投げ出されたその足先に伸ばされ、そしてそっと……触れている。
ゴウトの肉球。
触り倒すなら今のうち。
横臥しつつ肘を着いて頭を支えた姿勢から、ライドウはゴウトの寝顔を見つめている。肉球に触れるその度に、くすくすと軽やかな笑い声を零してはゴウトを撫で、また肉球を軽く突付いては笑い、毛並みを撫で……を繰り返している姿に、デビルサマナーの気配は無い。
その上、咎めるものがいないものだから、ライドウは――七綺は、その行為に耽りながら独り言を呟いた。
「ゴウト、起きてる間はあまり触らせてくれないんだよな……。嫌なのかな。」
ぷに。
「……こんなに気持ち良いのに。」
ぷにぷに。
「本当に、随分と気持ち良さそうに寝てるな……どんな夢を見てるんだ?」
ぷに。
「……ふふっ。」
つん。
声に甘さすら混じっていることにすら気づかぬままに、七綺は微笑を深くすると、何とそこへしどけなく寝そべった。
鳴海事務社の一室を借り受けているが、ここは一応ライドウの部屋である。
当自室には、書生と猫の一人と一匹だけ。鳴海は外へ出掛けたらしく、そのせいもあってか、今の七綺は学帽を被っていない。
素顔――正にそれは素の表情――を曝け出した七綺は、またちょんと肉球に触れると、完全に体勢を崩して口を開いた。
「鳴海殿は、少し遅くなると言っていたし……今日はゴウトと一緒に、昼寝でもしよう。」
たまにはこうして、何処にも出掛けず猫と共にうたた寝するのも悪くは無いだろう。
「怠けている訳じゃないから……構わないよな、ゴウト?」
猫の肉球に触れながら、言い訳するように呟く七綺。
すれば、ぴくり――と。ゴウトのヒゲが、まるで頷くように揺れたものだから。
「うん。そうだよな。……じゃあ、おやすみ、ゴウト。」
言うなり、元々寝つきが良くなかった筈の書生は、黒猫の寝顔につられたのか、それともヒゲの肯定めいた揺らめきに安堵したのか。
すっかり安心しきった様子で、ことりと眠りについたのだった。