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黒猫、萌ゑしは書生

08.虜眠

虜となりしまま眠る雛に猫は笑う


何だか、妙に手先が温かい気がした。
ぼんやりとしたままだったが、何事かと思い顔を上げれば己の葛葉の寝顔が視界に入る。
その瞬間、ゴウトはすっかり目が覚めてしまった。

「む……七綺? なんだ。微温の正体は、お前だったか。」
途端にゴウトの表情が柔らかに溶ける。
眼差しの先には、雛鳥の安らかな寝顔。何時まで経っても変わらぬその甘やかな姿に、思わず零れるのは苦笑。
「葛葉ライドウたるものが、そのように不甲斐ない様でどうする、全く。これだから……目が離せないんだ、お前は。」
窘める様な言葉を吐きつつも、ライドウに顔を近づけてその瞼をぺろりと一舐めする動作に、怒りらしきものは欠片も見えない。
「……ゴウ、……ト……。」
「ん? 何だ。夢見が中で俺の名前を呼ぶか、七綺。」
「ゴウト……ん……。」
「ははっ。幸せそうな顔をしてからに。どんな夢を見てるんだ?」
「……、に……が、……気持ち、いい……」
「――!?」
思わぬ言葉に、ドキリとする。
だが……。

「にくきゅう……きもちいい。……ふふっ……ゴウトの、肉球……。」
「~~っ!」
ああ、ああ。
そう来るか、たわけ者。
そう来たか、小童め。
己が目付役よりも、まずは肉球を優先したような寝言を吐いたこの愚かな葛葉を、今すぐにでも怒鳴りつけ、早々に起こしてやりたい、と思った。
だが――この、寝顔。
僅かに口端を上げ、微笑らしきものを浮かべている様を見せつけられては。

「全く……動揺などして損をした。」
溜め息と共に愚痴を零しつつ、今は眠りの中にいるであろう七綺を見つめるゴウト。
だが咎める口調とは裏腹に瞳は優しく、口元には苦笑。
「ふん、狡賢い雛鳥め。」
「ん……。」
呟けば、肉球に触れていた七綺の手が、今度はゴウトの前脚ごと柔らかく握りこんできた。
ここでゴウトは、日頃ライドウに「あまり脚に――特に足裏には触れるな。」と忠告していたことを思い出す。
その時の、七綺の顔といったら。
少しばかり情けないような顔をして、途方に暮れたような眼をしながらも、渋々頷いたのだっけ。

「たかが猫の足裏如きに、なぁ……。」
くつくつと笑い、ゴウトは尻尾で七綺の頬を撫で上げる。
そんなに俺に触れたかったのか、七綺――?
「しかし、嫌だとか言う理由からでは無いんだがな。解っているのか?」
ゴウトは別に、触られるのが煩わしいからという理由で、足――特に肉球に触れることを禁じているわけではないのだ。
ただ、こんな風に七綺が怖ろしく無防備な顔を、姿を曝け出してしまうので、許可することが出来ないだけ。

真名の姿のライドウ――七綺を、鳴海に見られるのが……見せるのが、嫌だから。
だから許さない。
……許したくないのだ、例えその一刹那、瞬間ですらも。

その心、誰思おう?
己の葛葉に抱きつつある思慕以上の何かを必死に打ち消そうと、ぶんぶんと頭を振りつつも当の雛の眠りの邪魔をしないよう控え目に震える、その猫の忍びなさを。
その想い、誰知ろう?
無防備なその寝顔に、甘やかに齧りついてやろうかと……悪戯めいた行為を仕掛ける寸前ながらも、どうにか押し止まって耐えている、其が彼の忍耐を。

「しかし、昔のあの無表情だった雛は何処へ行ったんだろうな。なあ雛鳥、いや――」
我が継ぎ名を受けし者。葛葉ライドウ十四代目。
様々な言い名はあれど、真名のみはたった一つ。
「……七綺。俺の相棒よ。今はゆるりと眠るが良い。折角の休息だからな。」
ゴウトはヒゲを揺らして笑うと、七綺の身体に自らの身体を凭せ掛け、そうして同じように眠りに就こうとした。しかし、その間際に忠言を一言吐く。

「だが、目覚めたら先ずは説教だ。お前はどうも俺の外見に重点を置き過ぎている。」
目付役の存在の何たるかを、改めてきっちり教え込ましてやろう、と考えるゴウトは、やはり先程の寝言をしっかり気にしているようであった。