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黒猫、慈しむは書生

01.深愛

深き想いは愛情すべからく


「……猫と遊んでる最中に、そのまま一緒に寝ちゃうとか。ありえないだろ、雷堂。――というか……仲良すぎだよナナキ。」
ぶつぶつ零しつつ、鳴海はそれでも律儀に雷堂の肩に毛布を掛けてやりながら、眼前に広がる光景の甘やかさに、ふうと嘆息ついた。
つい少し前まで何やら隣室で談笑らしきものが聞こえて居たのだが、やがて静かになったものだから、おやと思い様子を見に来たのだ。
すれば、遊びつかれたのか眠りこける業斗に寄り添うにして、これまた目を閉じた雷堂が居たという展開。

ああ、ああ、仲の良いこと。
なんて、なんて、仲の睦まじいこと。
猫の癖に、雷堂を独り占めにするなんて。
猫の癖に。
――獣の、癖に。
鳴海は眠る業斗を睨みつけ、子供のように頬を膨らませながら、ぶつぶつ呟く。

「その上、自分の上着はゴウトにちゃっかり掛けてあげてる、とか。――嫉妬でどうにかなっちゃうぞ、俺は。」
そう言って、つい、と雷堂のモミアゲを軽く引っ張った時だった。
「……済まんな。」
「――っ!?」
突如返された凛とした低い声に、ぎょっとする。
寝ているものだとばかり思っていた相手が、溜め息のような声で言葉を紡いできた。
「我が継名が、先ずは彼の者に準じて在りたいのだよ。…………いや、継名以上に我が、だな。そういうことだ。ふふっ。許せ、昌平。」
素直な告白は常ならば憎悪を掻き立てるものだが、台詞の最後に仕掛けられていたのは、下の名前で呼ぶと言う狡い罠。
鳴海は肩を竦めると、目を閉じている雷堂の側に屈み込んで、囁き返す。
「……ということは、俺は後で良い目に合うって、そう期待してても良いのかな?」
睦言を想像させるように、声に艶を滲ませて。
だが雷堂は素知らぬ顔で言う。
「さて……な。だが――毛布の礼くらいはするだろうよ。」
「うわ、曖昧。……ま、良いや。じゃあ部屋で一杯やっとくから、都合が付いたら来いよナナキ。一緒に呑もう。」
その言葉に雷堂が目を開け、笑う。
「勤勉たる書生に酒を勧めるか。」
「今更だろ。」
「ふっ……良かろう。我はいま少しばかり気分が良い故な。」
「――へぇ?」
そう返して機嫌の良い猫のように口端を吊り上げて笑んだ雷堂を見て、鳴海は少しばかりの嫉妬を覚えたが、それよりも雷堂が誘いに乗ってきた事が嬉しくて。
「良いのか? そんなこと言うと、こっちが浮かれちまうぜ?」
「構わんよ。……幾許かしたら、向かう。部屋で待っていろ、昌平。」
「ははっ、了解。子守が終わったらおいで。――じゃあ、またな。」
「……ああ。」
鳴海が発した”子守”と言う言葉に雷堂が眉を顰めて見せたが、当人はペロリと舌を出して、部屋の外へ。

「あやつは一々、一言多い。」
鳴海が去ったのを気配で確認してから、雷堂はようやく身体を起こした。
そして此方の腕を枕代わりに、何とも無警戒な姿勢で眠っている業斗に視線を落として微笑する。
「ふふ。業斗、業斗童子。我が目付役。安眠に揺蕩うて、お前は何の夢を見ている?」
仰向けになった猫の口元を、手の甲でさっと撫で上げて、雷堂は――ナナキは、謡うように語り掛ける。

「どうか、良き夢を。お前が背負う咎、架せられた痛み。今だけはそれら全てが無へ帰すよう、我は祈ろう。」
ぽんぽんと子供をあやす様に業斗の身体を軽く叩き、雷堂は祈りの先を繋ぐ。
「我は貴方より先に逝く存在だが、だからこそ共に在る刻が、貴方の憂いを癒すものであるよう願いたい。」
そこで不意に手を止め、ふ、と息を吐き――そして、想いを零す。

「愛しております、貴方を。――……、殿。」

言葉の最後のほうはあまりにも低くて聞こえない。
だが、ナナキはそれだけを告げると、自分に掛けられていた毛布を業斗に譲った。
それから一度、眠る猫の頭を優しく撫でて目を細めると、ゆっくりと立ち上がりながら言う。
「いつか来る別離が辛いのは、我とて同じだよ…………業斗童子。」
呟くナナキの表情は、何処か寂しげで、悲しげで。
けれど眠りに落ちている業斗は、気づくことも無く。
「さて……そろそろ向こうへ”子守”に行くとするか。今は珍しくまともな正気が、狂気に変わられては敵わんしな。」
そう一人ごちると、ナナキは――雷堂は業斗を一瞥した後、鳴海の待つ部屋へと歩いていく。
例え酒に付き合う以外の行為が待っているのだとしても、それでも。
それでも雷堂は、業斗と一緒に遊べたので機嫌が良かった。