もこもこモコイ
03.贈呈
ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle
「ひーとしゅーらくーん。パース。」
「え? ――うわっ! な、何だ!?」
独特の笑い声と共に風が吹いた――かと思うと、頭に何かが乗った気がした。
いやこの場合は、乗せられた、とでもいうのか。
とにかくアスラはその”何か”で視界が上半分だけ隠れたものだから、すわ襲撃かと思い、爪を出して猫のように身構えた――のだが、それは見事に空振りに終わる。
「――って……あれ、これ……。」
手を伸ばして触れてみたところで、頭の上に乗せられたものの正体に気づいた。
硬質な布の感触。
形をなぞりながら指を滑らせていけば、触れたのは冷たい金属。
その部分を摘まんで引き下げてみれば――思った通り。
黒の学帽。後頭部付近にリボンが付いているデザインには、見覚えがあった。
「……ライドウの?」
「そ。サマナーくんのお帽子っス。」
アスラが答えを見つければ、モコイがむふふと笑い、ゆらゆら揺れながら答える。
「チミに、ぷれぜんとふぉーゆー。」
「プレゼントって……何だ、貰ったのか?」
帽子を手に取り、しげしげと眺めながらアスラが問い返せば、モコイは両手を上に挙げて。
「マサーカ。かっぱらってきたのだよ。チミの為に。あはん。」
「か、……っ!?」
とんでもないことを、軽い口調で暴露された。
「何てことをしでかしたんだ!」
アスラは酷く狼狽した声を上げると、帽子に視線を向け、それからモコイを見た。
表情がすっかり青褪めているのは、この先に展開されるものを感じ取ったせいか。
「ああ、もう……!」
呻き、頭を抱えるアスラ。
今頃はきっと、激怒した相手が此方を探し回っていることだろう。
勿論、激怒しているだろうと予想されるのはライドウではなく、あの黒猫だ。目付役であり、彼の書生が深く敬愛して止まない”彼の方”――ゴウトが、きっと、怒っている。
モコイとゴウトは、あまり相性が良くない。
原因は何となく解る気がするが。
「とりあえず! いま! 直ぐに! コレを返しに行って来い!」
アスラは険しい顔をして怒鳴り、モコイに向かって帽子を突き出した。
ガラス玉の大きな目が、驚きで見開かれる。
「……。……人修羅くん。」
そう呟くと、モコイはかくりと俯いてしまった。
「な……何だよ。」
アスラは僅かに身を引くと、怒鳴るのを止めてモコイを見る。
泣くのかな、と思った。
泣いて、しまう――?
だがモコイは無言で顔を上げると、つぶらな瞳でひたとアスラを見つめて。
「死なば――モロともよ。」
「ばっ……! 冗談じゃない!」
「照れなくていいっスよん。ボクとチミの仲じゃない。」
むふ、とモコイが笑い、アスラの足元にしがみ付いてきた。
ああ。
折角の好意に対し、声を荒げて悪かったな……とか。
一応お礼だけでも言ってあげれば良かったかな……とか。
――そんな罪悪感と慈悲を、ちょっとでも抱いてしまった先程の自分を殴ってやりたい。
目を覚ませ、と。
騙されるな、と。
あああ。
怒りを通り越して疲れたアスラは、こめかみを強く押さえると、声を荒げる気力も無いままに言う。
「いいから、バカな事を言ってないで、早くライドウに帽子を返して来い。」
「いやー。その足労は必要ないみたいっスよ。」
「……え?」
返されたモコイの言葉に、アスラは意味が分からず瞬きをする。
その時、ふと――風の悲鳴を、聞いた気がした。
「――っ!?」
同時に、背骨を伝って何かが通り抜ける。
それは――悪寒。
冷気に似た不穏な気配が、近づいてくる。
この感じを、アスラは前にも体験していた。
忍び寄る戦慄。
赤い回廊の追いかけっこ。
何処まで逃げても逃げ切れず。
何処までも追いかけてきた漆黒の影鬼。
這い寄りつつある得体の知れない冷たい気配に、アスラの表情が強張っていく。
「まさか……――」
恐る恐るアスラが気配のするほうを見遣れば、視線の先に黒い人影が佇んでいるのが見えた。
今は他に遮るものの無い氷の美貌が、一直線に此方を見つめている。
遠目からでも分かる、相手の正体。
異世界のデビルサマナー。
凍て付いた美貌を持つ青年。
「ラ……ライ、ドウ……。」
「……。」
無言なのが、これまた怖い。
元々寡黙である人物だと理解はしていても――やはり、怖いものは、怖い。
「……。」
猫を抱いた書生はそのまま足音を立てることなく近づいてくると、アスラの前で立ち止まった。
「……。」
漆黒の瞳が、至近距離からアスラを捉える。
モコイはというと、ライドウの出現にいち早く気づくなりアスラの背に回りこんで身を隠してしまった。まあそれでも、隠れていることに意味は無いわけだが。
硬直しているアスラに、ライドウが呼びかける。
「……アスラ。」
「はっ、はい!?」
「……。」
ライドウが、ゴウトを抱えているのとは逆の手をアスラに差し出した。
アスラは一瞬きょとんとし、何事かと問うべくライドウの顔を見返したが――直ぐに、答えに思い当たって声を上げる。
「あっ、帽子! ――……ごめん!」
両手で捧げるように差し出せば、ライドウは小さく頷いて帽子を受け取った。
「……構わない。アスラを、咎めに来たのでは、無い故。」
「良かった……。」
というか、助かった。
ほう、と安堵の息をつくアスラ。
そこへ割り込んできたのは、不機嫌な声。
「話の流れを切って悪いがな、アスラ。お前のその、後ろに張り付いている不遜な輩と話をさせてもらっても構わんか?」
ゴウトが唸るような声を出し、アスラを睨みつけている。
しかしその視線は、正確にはアスラの背に隠れているモコイに対してのものだろう。
緑の瞳が、怒りで見事に燃えていた。
アスラは肩越しに自分の背中を一瞥し、小さく身を丸めたモコイが張り付いているのを見る。
一考するかのように、沈黙。
そのうちに答えが出たのか、ライドウたちのほうへ向き直ると、溜め息吐きつつ頷いて返す言葉は受諾。
「ああ。……それはもう存分に叱ってやってくれ。」
「人修羅くんてばヒドイー。」
背中で、そんな非難めいた小さな呟きが聞こえた――が、アスラは聞こえない振りをした。