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もこもこモコイ

06.服飾の君

ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle


「ライドウ……あのさ。」
「何だ、アスラ。」
二人きりしかいないせいか、やけに声が大きく聞こえる。
広い空間。
人気の無い場所。
しかし今は、環境説明よりも先に、そんな彼らの只今の状況を説明しておこう。

まずアスラは諸手を上げた姿でいて、ライドウはそのアスラの傍に膝を付き、胴に腕を回しているという状態だった。
事情を知らないものが見れば、何事かと怪訝に思うだろう。
それもこれも全ては、とある悪魔が起こした些細な事が始まりだった。
帽子の強奪。
追跡、追求。
それがどういう流れか、最終的に纏まった結論が”衣服を作る”ということに至ったのだから見事に訳が分からないところ。
崩壊した世界、歪んだ都市。このような場所で採寸をしているなどと、誰が思おう? 
誰が考えよう?
このような世界で、衣服を繕っているなどとは。
いま襲われでもしたら、一溜まりもないだろうその無防備さ。
けれど心配は無用。何故なら彼らは、姿こそニンゲンなれど唯のニンゲンではないからだ。
かたや悪魔と化した己を武器に戦う人修羅で、かたや悪魔を使役し討伐するデビルサマナー。
それが、彼らの素性。
平凡のように見えて平凡ではない中で、彼らは何も気にすることなく雑談を続けている。
寸法を測りながら、淡々と。


◇  ◇  ◇


「……。」
「……。」
静寂は別段、苦手な方では無かった……筈、だった。
イケブクロ坑道でも無人のプラットホームでも幾度か体験した、他に音の無いこの静けさ。
しかし今は……非常に苦手な感じがする。
長いこと静寂の中にいるせいか、それともライドウとの距離が近いせいか。
身体どころか、心までがぎしぎしと強張ってきた気すらしはじめたのは錯覚だろうか。
「アスラ。もう少し、手を……上に。」
「え!? あ、ああ……。」
そうしている間にもライドウは無表情に手を動かし続けており、時折短い指示を投げては、遠慮なく素肌に触れてくる。綺麗な指先、白い肌。アスラはこの時ほど、半裸である自分を辛く感じたことはない。
(うぅ……くすぐったい。それに、何かライドウの手って……ぞくぞくするんだよなぁ……。)
冷たい手は滑らかで、ともすれば心地よく――気を抜くと、おかしな気分になってしまう。
(こ、このままじゃヤバイ! えーと、な、何か気を紛らわすことを――……そうだ!)
アスラは黙々と作業に没頭しているライドウに視線を落とすと、躊躇いながらも会話をしてみることにした。

「なあライドウ、あのさ……ライドウは、本当に本気で俺の服を作る気なのか?」
「……そう、言った。……もう少し、腕を上に。」
「あ、うん。えっと、そうなんだけど……。」
バンザイしながら会話をするとは思ってもみなかった、とどうでも良いことをぼんやり考えながら、アスラは更にライドウに訊ね聞く。
「やっぱり、モコイと約束した手前?」
「其れもある、が……。」
「何?」
そこでライドウが顔を上げ、アスラを見つめて言い返す。
「”お揃い”という事柄で、在ったほうが……良きこと、らしい。」
「……。それ、モコイが言ったのか?」
「――ああ。」
無表情に頷くライドウ。アスラは呆気にとられ、まじまじと相手を見た。ライドウは時折、このようにして冗談ごとのような台詞を本気で口にする。
当初アスラは、からかわれているのではないかと何度か考えた程だ。
しかしそういった疑問は、共闘を重ねていくうちに誤解だと判明し、ライドウの知識は偏りがあるのだと知らされるのに、あまり時間は掛からなかった。
「――思うんだけどさ……。」
だからアスラが何気なく言い返すのは、失礼にならない程度の言葉。
「ライドウって、顔と性格が一致していない、とか言われたりしない?」
「……ああ。その言の葉は、多く聞く。」
「……だろうね。」
溜め息を吐きつつ、アスラは天井を見上げた。


◇  ◇  ◇


此処はイケブクロ。
かつてはヨスガの勢力が多くあり、マントラ軍の本営があった場所。
元はショッピングモールだったのか幾つかに面影はあるも、人気の無い今となってはただの廃墟。
ずっと上の方は見えないが、辺り一帯には割れたガラスが散乱し、細かく落ちている。
確か、ゴズテンノウに会った帰りの近道として飛び降りた地点だったか。人の身では、確実に生きてはいなかっただろう距離。
でも、自分はこうして生きている。
ヒトではないから――生きて、居る。
今もこの場に、このようにして。

「此処って、どんなところだったっけ……。」
アスラが不意に、ぽつりと呟いた。
望遠の眼差しで空を仰ぎ、そのまま話し始めるのは答えを期待しない独り言。
「よくチアキに引っ張られて、買い物に付き合わされたっけなぁ。」
かつての光景が、想い出として脳裏を過ぎっていく。
「勇とも……CDとか、見に来たりして……。」
記憶にある場所は、今はもうすっかり遠くなってしまった。
「社会見学でも来たよなー。……祐子先生、楽しそうだった……。」
羽目を外しすぎた勇が怒られ、それを見たチアキは笑っていて。

「何で――……こうなったのかな。」
泣き声に似た呟きが、静かな空間に反響する。
「悔いているのか。」
その声を追撃するかのように、冷たい声が重なった。
不意に返された言葉に、アスラの意識は過去から現在へと引き戻される。


◇  ◇  ◇


「あ……。ご、ごめん。煩かったよな?」
アスラが焦りながら謝れば、ライドウは計測の手を止め、相手を見上げて首を振る。
「否……咎めでは、ない。」
「そ、そうか。」
「何を……悔いている。」
「え?」
「アスラの声には……悔恨の念が、混じっているように見受けられる。」
「は……あはは。別に、俺は後悔なんて――」
戸惑った笑みを浮かべたアスラが言い返そうとするが、それより早くにライドウが会話の続きを攫い上げる。
「悔いているのは、何だ。己の運命か、他者の運命か。」
「……運命、なんて……俺は――」
アスラは尚も誤魔化そうとしたのだが、遂には諦めたかのような表情になり、大きく息を吸うと、ゆっくりと静かに吐いて零すのは素直な心情。
「俺は――どうすれば、良かったのかな。」
ライドウに話してもいいものか、躊躇う。
けれど一度吐露したものは、堰を切ったように溢れ出して――止まらない。
「誰の言葉も、一理あった。でも、誰の考えも、何処かは賛同できなかったんだ。」
問われ、誘われ、導かれ。
「俺はその度に頷いて、否定して……そしたら……何時の間にか、皆に置いてかれてしまった。」
誰も彼もが誘ったのに、誰も彼もが置いて去り。

「俺は……どうしたら良かったんだろう。」
結局は、また一人。最初のまま。これからも、ずっと。
腕を下ろしたアスラは顔を覆い、大きく息を吐く。
沈黙。
その後に、ライドウから言葉が返ってきた。
「アスラは……己の意思を、貫き通したのだろう。」
「え? あ、ああ。」
問い掛けなのか自己の呟きなのか分からない言葉であったが、アスラは顔を上げて応じる。
「まあ、ね……嘘なんかついても、意味無いんじゃないかって、思ったから。」
「ならば、悔いることは無い。……お前はお前で、路を敷いた。」
「でも、俺……っ!」
「お前は、運命に翻弄されずに来たのだろう。それが……アスラの全て、だ。」
「俺の……全て?」
ライドウの言葉に、アスラが胸を突かれたような顔をした。
相手は無表情ながらもアスラをひたと見つめ、頷く。
「そうだ。己の心で、決める道。己が掴んだ、運命。それが――アスラだ。」
「じゃ、じゃあ俺は、”これで良かったんだ”って――そう思ってても、良いのか?」
縋るような目でライドウを見つめるアスラ。
そこへ返される答えは。

「……俺には、解らない。其の答えは、アスラの中にしかない。」
言うなりライドウはまた視線を戻し、アスラの胴回りや膝下、袖口などを計る行為を再開させた。
謎めいた言葉だけを言い残し、素っ気無く自分の作業に戻ったライドウに、アスラは呆気に取られて目を丸くし、そして――苦笑する。
「良いところでそれかよ。ライドウって、メタファー発言多すぎ。」
「それは……何だ。」
「え? あ、メタファーってのは――」
ててててててて。

「暗喩ってイミよサマナーくん。むふ。」
「うわっ!」
何処からか奇妙な足音が聞こえてきたな、と思う間もなく、突如アスラの背中に何かがべたっと張り付いてきた。
もっちりしたその感触には、否が応でも覚えがある。
「モコイ! お前、どこから……!」
「人修羅くんの居るところにモコイは在りよー。」
アスラの抗議もそっちのけで、モコイはよじよじとアスラの背中をよじ登った。
そして肩口に到着するとその首元に腕を巻きつけて定位置に着き、会話に割って入る。
「もー。サマナーくんとらぶらぶになってる場合じゃないデショー! チミにはボクがいるのよ!?」
「こ、こら! 項に顔をこすり付けるな! ちょっ、ばかっ、くすぐったいだろ!」
「……。アスラ、あまり暴れてくれるな。計測が、出来ない。」
「俺じゃなくモコイに言ってくれ!」
「――モコイ。」
ライドウが名前を口にすると、びしっとモコイの動きが止まった。
それを見て、ライドウが頷く。
「解したか。……お前の想いは知っている、が……あまり、煩いをかけてはいけない。」
静かな声の忠告に、モコイが膨れた顔をして言い返す。
「……サマナーくんだってー。」
「俺が、何だ。」
「チミだって、ゴウトくんとらぶらぶしたいデショー。」
「……らぶら、ぶ、というものが、分からない。それは、何だ。」
顔を上げて訊ねたライドウに、モコイが、むふと笑う。
アスラは他人事でいたいのか、目を閉じるなり天井を仰ぎ、静観する側に回った。
「らぶらぶって言うのはネ、サマナーくん。ホラ、こーして。」
「ちょ、コラっ! ――あああ何やってるんだモコ、モコイ!」
静観失敗。
「ホラ。こーしてモコイが、人修羅くんをきゅーってしてるような行動を言うのヨ。アンダスタン?」
「……それは、不敬に当たる。」
「アラま。サマナーくんは、それでいーわけ?」
「モコイ、ライドウを焚き付けるのは止せ。俺がゴウトに怒られるだろ! それと……降りろ!」
「ノーなのよー。」
モコイはアスラの手を器用にかいくぐると、にょ、と身体を突き出し、ライドウに顔を向けて言う。

「愛情は態度で示さないとダメダメっすよチミ。じゃないと、いつまで経ってもオンリーロンリー。」
「いつまでも……ひとり……。」
「そうヨー。ひとりぼっちなのヨー。ロンリネスは寂しーっスよ。」
「……。」
「ラ、ライドウ? あの、モコイの言うことは聞き流した方がいいぞ?」
「……アスラ、は。」
「え? 俺?」
「アスラは――どう、思う。」
「どう?」
「ひとり、で在るほうが……いいか。」
「俺は――」
ライドウの言葉に、アスラは押し黙る。

氷川は無慈悲に、世界を変えようと邁進し。
チアキは力に溺れ、全てを壊していき。
勇は孤独を好み、静寂へと引き篭もり。
祐子は見知らぬ神に添うも、結局は見放され。
ヒジリは良き協力者であったのに、最後にはこちらを裏切って。

――誰も彼も、アスラの手を離していった。
コトワリという、形の無いものを得るために。

「俺は……――」
アスラは寂しげな目をし、俯く。
友人も仲間も、いない。
みんな勝手に行動し、勝手に置いて行ってしまった。
「俺は、独りでも――」
「――人修羅くんにはボクが居るっスヨ。」
「……モコ、イ。」
「言ったでショー。チミにはボクが居るの。仲魔も居るしー。ひとりじゃないっスよん。むふ。」
そう言うと、モコイはアスラの首筋にしがみ付き、きゅうと抱き締めた。
アスラが、笑う。
「……前言撤回。ライドウ、俺はやっぱり、独りじゃない方がいい。ひとりは――嫌だ。」
その答えを聞いた書生は頷いて、答える。
「そう、か。……ああ。俺も、そうで在るほうが、良い、と……思う。」
ライドウも微笑み、柔らかい空気が二人を包む。
「――では……計測の、続きを。モコイ。お前は、何処かへ。……煩いになる故。」
「りょーかいっス!」
「……あああ。やっぱり作るんだ俺の服……。」
いっそこのいい雰囲気に流されて、うやむやになってしまえばよかったのに――と。
アスラは目を閉じ、溜め息と……嬉しげな微笑を、一つ。