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もこもこモコイ

09.ドリーム半分

ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle


「んふふふ……ふふ……ぬふふふふ。」
「……全く。どんな夢を見てるんだか。」
膝の上。
もっちりした身体を遠慮なく預け、眠りに落ちている悪魔が一体。
幸せそうな寝顔。とりあえず、悪夢では無いらしい。
アスラは膝上で眠りこける悪魔の顔を軽く突付きながら、一人、呟く。

「悪魔に膝枕、か……。少し前までは考えられないことだよな。」
世界が壊れて歪んでしまった、あの日。
病院の冷たいベッドの上で、自分は目覚めた。
意識を取り戻した時には、既に人の身ではなく。
泣けばいいのか叫べばいいのか、分からず。
どうしようもなく途方に暮れて、当ても無く。
出来ることなら、座り込んでしまいたかった。

だがじっとしているのは自分の性分には合わなかったらしく、結局は病室を出て、外に出て。
そうして色々な目に遭いつつも、今こうしている訳だが。
悪魔と会話するなんて、思ってもみなかった。
悪魔が仲間に――仲魔になるなんて、考えもしなかった。
けれどこの世界では、皮肉なことに何よりも頼りになる存在だった。
ヒトよりも。かつては友であったヒトたちよりも、幾らも。

ああ、本当に。全て、全ての事が――夢であって欲しかった。


◇  ◇  ◇


イケブクロ坑道。
人気の無いホームは何処までも静かで、休憩するのにはもってこいの場所の一つである。
尤も、それもこれも随分と力がついた今であるから言えることであって、非力だった当時はライトマすらないこの暗闇が怖ろしかった。
特に、背後からの急襲が。
しかしそれも――”今は昔”
ふかりとした毛並みに背を預けながら、アスラは束の間の休憩をとっていた。
縫いぐるみのような大型の獣が、自分の仲魔に。
こういう非日常の中で見つかる小さな幸せは、アスラにとって唯一の慰めとなっている。
ふうと息を付き、アスラは背中の主に声を掛けた。

「背中を借りて悪いな、ケルベロス。疲れたら言ってくれ。」
「オレサマ、全然キニシナイ。アスラ、丸カジリニシタイクライ、スキ!」
「う。えーと……喜んでいい、んだよな?」
「アオーン!」
表現は様々。言葉も色々。
とかく、好意や信頼を寄せてくれている仲魔なら大歓迎だとアスラは思った。
少なくとも、彼らは裏切らない。
あの”ヒト”たちと違って。
しんとした駅のホームが、僅かなまどろみを誘う。
「むふ……人修羅、く……ん……。」
その中で時折呟かれるモコイの寝言がふと気になり、アスラは何となく耳を傾けてみた。
「ドゥフ……ドゥフフフフフ……。」
「……。本当にコイツ、一体何の夢を――」
「お揃いよー……修羅くん……。」
「――?」
「これでボクとチミは……おそろー……ふふー……。」
「ああ……そういう――」
それは、いつぞやにあった出来事。
とある美貌の書生までもが手伝い、モコイと”お揃い”になった(させられた)日のことを今更に夢見ているらしい。
嬉しかったのだろう。
少しだけ苦笑するアスラ。だが――……。

「お尻がステキー……んふーふふ……うひ。」
「……。叩き起こしてやろうか。」
よりにもよって忘れて欲しい箇所をバッチリ覚えているとは。
このまま頬をきゅうと摘まんで、甘い夢から塩のような現実へ即刻還してくれよう、と。
アスラが、モコイの顔にじりじりと手を伸ばした時だった。

「――アスラ。」
この坑内に漂う空気より冷たい声に、名を呼ばれた。
声のした方に視線を向けると、今にも暗闇と同化しそうな人影が一つ。
無表情のデビルサマナー。

「ん。ああ、ライドウか。何、どうかした?」
「否。俺ではなく……彼の方、が。」
するとライドウの影から黒猫が顔を覗かせ、アスラに緑色の瞳を向けた。
彼の目付役ゴウトは、かしかしと近づいてくると傍に座り、話しかけてきた。
「闇の中で憩うお前の胆力には感嘆するぞ、アスラ。」
「あはは、そんな大袈裟な。」
「大袈裟なものか。人は通常、暗闇を恐れるものなのだから。まあ、しかし……俺の七綺も似たようなところがあるから、驚きはせんが。」
「へぇ。……そうなんだ?」
ゴウトの台詞を聞き、アスラがライドウに目を向けた。
視線を受けた相手は僅かに首を傾げたが、反応を求められていると分かり、口を開く。
「闇は無の抱擁。……音も無く、色も無く。ただ、それだけだ。」
「……つまりは、ライドウもこういう場所は嫌いじゃないってことか。
しかしライドウって好きとか嫌いとか言わないよな。今は何となく分かるようになったから、別に良いんだけどさ。」
アスラが苦笑交じりにそう言うと、ゴウトが僅かに項垂れ、会話を継ぐ。
「む。……コイツは、感情に対して少し不得手なところがあってな。幾らかは、成長したんだが。」
「――ふうん。……そっか。」
「理由を訊かないのか?」
「話してくれるんなら聞くけど、聞かれたくないことは問わないようにしてる。」
「ほう。寛大だな。」
アスラの答えに、笑うゴウト。
だがアスラは苦笑すると、天井を仰いで。

「寛大、か。――ちょっと、違うんだけどね。」
溜め息、一つ。
それから僅かに顔を顰めると、目を閉じてしまった。
沈痛な表情。
そのまま沈黙したということは、これ以上は関与して欲しくないのだろうか? 
アスラの様子に、ゴウトは意見を問うかの如くライドウに目を向ける。
「……。」
眼差しの指示を受けたライドウは頷くと、アスラに無言で近づいた。
気配を感じたのがアスラが目を開けてみれば、先ず目に飛び込んできたのは深い闇色の瞳。

「うわっ!? ラ、ライドウ? 何を……」
思わず驚いた声を上げたアスラは、反動でケルベロスから身体がずり落ちた。
ライドウは何もしないという意思表示か、首を横に振ると、アスラの側で片膝を付いてから話しかける。
「言の葉を紡ぐならば、受け取ろう。だが……それを厭うならば、我らは欲しない。」
「……。それ、もしかしてさっき俺が言ったことを真似してる?」
話したいことがあるなら聞く。
けれども、言いたくなければ強制はしない。
ライドウが律儀にも頷いたので、アスラの顔から苦笑が零れる。

「有難う、ライドウ。ゴウトも。……大丈夫。まだ少し、未練が断ち切れないだけだから。」
「……過去は、現在を形成するのに必要な事柄。故に、恥じるものでは無い。――違うか。」
「……ライドウ。」
感情の無い声で紡がれる台詞は、いつもどうり冷たいもの。
だが、それはアスラの心に響いてくる。
謎めいた言葉ではあるが、いつも深く――響いて。

「こぎとえるごすむーなのよ、人修羅くん。」
「うわっ!」
しかしそうした感動は、一瞬にして何処かへいってしまう訳で。


◇  ◇  ◇


もちっとした感触が、胸に張り付いてきた。
驚いたアスラが視線を転じれば、そこにはすっかり目を覚ましたモコイがいた。
「お前、いつから起きて……!」
「サマナーくんが、人修羅くんの言葉を真似っこした辺りっスかねー。」
言うなりモコイはアスラにぎゅうぎゅう顔を押し付け、会話を続ける。
「んー。よく寝たっス。人修羅くんのお膝ってばベリベリスイート。あはん。」
「あーハイハイ。疲れは取れたか?」
「バッチリっス! でも、後はねー……。」
「後は?」
「お目覚のドリンクとして、マッスルドリンコでもあれば完璧ステキー! なのだけどー。むふ。」
「……イワクラの水でも飲んでろ。」
「んまっ! ひどっ! ちょっとーそれが、らばーなボクに対する態度!?」
「誰がラバーだ!」
そして始まるは、夫婦喧嘩に似たいつもの喧騒。
そのやりとりを他人事さながらに見つめながら、ゴウトはライドウに話しかける。

「アスラの奴、一応は立ち直ったようだな。ふふっ、仲の良いことだ。」
「あれが、最善なる特効薬、なのだろう。……俺、も――……。」
「うん?」
そこでゴウトが見上げれば、真っ直ぐに此方を見つめているライドウの瞳とぶつかって。

「俺も、貴方が……ゴウト殿が、傍に在れば……良い。」
「――! ……ふふ、そうか。それは有り難い事だ。嬉しいよ、七綺。」
微笑したライドウの腕に尾を巻きつけると、ゴウトは目の前で展開されている微笑ましい口論を見守るのだった。
ケルベロスは特に興味が無いのか何時の間にやら寝入ってしまったので、アスラの手助けになることもなく。