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もこもこモコイ

10.夢見のヒトの隣で

ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle


その日は珍しく二人きりだった。
文字通り、モコイと人修羅アスラの二人(?)きり。
通常ならアスラの傍で、そのつぶらな瞳をキラキラと輝かせたモコイが、それこそ飛び上がらんばかりに喜んで騒いでいる筈なのだが――今回は、様子が違った。
アスラは、人気の無い静かな場所で眠ることが多い。
それは最初からの癖なのか、それとも悪魔の身へ転じてからの習性なのか。
彼は時折、誰も彼もを――仲魔すらも遠ざけて、独りで眠ることがある。
敵方の悪魔から襲撃でも受けたらどうするつもりだ、と。
仲魔が(特にフトミミ辺りが)声高に忠告したりするのだが、アスラはただ笑って受け流すばかり。

そんな中、いまモコイはアスラの隣に居る。
冷たい壁に背を預け、疲れたように座り込んで独りきりで眠るアスラの、傍に。
ガラス玉のように大きく輝く目に、今は悲しい色を宿して。


◇  ◇  ◇


休息の時間。
アスラの姿が見えないので探してみれば、仲魔達から遠く離れた場所に居る彼を見つけた。
通路の物陰、視界の死角になったところに一人で座り込み、目を閉じている。
その様子からモコイは、アスラが眠っているのだと分かった。
だから音を立てないよう気をつけながら、にじりにじりと側に歩み寄っていく。
ぷりてぃーな寝顔を拝見するのヨーむふふ、などと当初そのような気持ちから近づいたモコイだったが、距離を詰めてからようやく窺えたアスラの寝顔を目にして、笑みを引くことになった。

「人修羅くん……。」
アスラの眉間には皺が寄っており、何処か苦しげにいるその表情からは、とても安息の眠りにいるようには見えなかった。
しかし辛そうに顔を歪めているだけで、寝言の類は聞こえてこない。
それが一層、モコイの不安を掻き立てる。
声も出ないほどの夢に捕らわれているのだろうか。
モコイはアスラを起こそうと考えた。
肩を叩き、身体を揺り動かして、悪夢であろう中から目覚めさせてやろうと思った。

けれど――アスラの身体に手を伸ばしかけたその時、何処から冷たい視線が刺さるのを感じ、動きが止まる。いや、動きを止められた、というべきか。
視線らしきものの方向をちらり窺えば、距離を置いたところに佇む黒い影が見えた。
冷たい気配の主。
問い掛けずとも知れる正体を前に、モコイは質問だけを投げかける。

「何で止めるのサマナーくん!」
アスラを起こさぬよう声の大きさに気を遣いながら、モコイは叫んだ。
しかし影からの答えは無く、相手は無言のまま首を横に振っただけ。
「邪魔しないでヨ! つーか、何でもないならどっか行っちゃって!」
叫びながらモコイが追い払う仕草をすれば、影は――ライドウは、静かに首を振って。
「痛みであれど、アスラにとって唯一のヒトが証。……起こしてやるな。想う、ならば。」
「ふぇ?」
それだけを告げると、ライドウは僅かに気配を揺らめかせ、通路の奥に消えていった。
足音は聞こえず、冷えた風が通り過ぎていったような感覚がした。
残された後の空間には、モコイとアスラの二人きり。


◇  ◇  ◇


戻る静寂。
モコイはアスラに向き直ると、伸ばしかけた手を見つめたまま、ライドウに言われたことについて考えていた。
起こさないほうがいい、とライドウは言った。
けれど自分は、アスラを起こしたい。
後で怒られても構わない。
今はとにかく、彼を――泣いているアスラを、救いたくて。

「起きて、人修羅く……。」
だが、モコイの台詞と動きは途中で止まる。
アスラの頬を、つっと涙が伝い落ちたからだ。
その瞬間モコイは、ずっと前にアスラが口にした台詞を思い出す。

『悪魔って涙を流さないのかな。何かこの姿になってから俺、自分の涙を見なくなった気がする。』

いつかの時、戦いの最中に傷を負った後のことだった。
冗談めかしながらそう言って、ライドウの手当てを受けていたアスラ。
その表情は笑顔でありながらも何処か寂しげで、悲しげで。
だからこそ余計に、モコイは覚えていたのだ。
あの時、アスラはどのような心境で居たのだろう。何を思っていたのだろう。
ヒトに戻りたかったのだろうか。
かつての世界を思い出して、還りたかったのだろうか。
「涙……流せているっスよ、人修羅くん。」
モコイはアスラに視線を留めると、その頬に手を伸ばし、涙を拭ってやった。
そしてヒトの証の雫で濡れた手を握り締めると、アスラに向かって話しかける。

「ねぇ人修羅くん。チミは今、どんな夢を見ているの?」
寝息静かに眠りに落ちているアスラの横顔を眺めながら、モコイは言う。

「チミの夢に中に入ることが出来たらいいのだけど……ボクはそんなにハイクラスの悪魔ではないから、無理ムリっすね……。」
誰か他の仲魔を呼ぼうか? 
頼りになる、誰かを。
夢魔の属性に位置する誰かが居た筈だから、何かしらの力になってもらえるかも。

けれど――そこから先は? 

真にアスラを癒せる手段は、誰も知らない。
行き止まりになった思いつき。
モコイはアスラの隣に腰を下ろすと、寝顔に向かって言葉を繋ぐ。
「チミの心が冷えないよう、ついていてあげる。だから、ねえ、人修羅くん――」
心はヒトのままの優しい悪魔の手をそっと握りながら、モコイは寄り添う。
「ひとりボッチで……泣かないで。」
不条理なこの世界。
せめて夢の中では、安らいでいて欲しい。

「ボクは傍に居るよ。チミの側に。だから独りになろうとしないで。ずっと……居るから。」
教師や友人、果ては協力者にまで裏切られた辺りの事情を、モコイは知らない。
例え知ったとしても、側に居るだろうけれど。