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もこもこモコイ

12.保護守

ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle


とあるヒトの背中に張り付いている緑の物体は、その色味に関係なく目立っていた。

「うふふふふ。むふふふふ。……ドゥフフフフフフ。」
独特の含み笑いは、もうかれこれ三十分ほど続いているのではないだろうか。
口に手を当て、むふふと笑い、時折そのヒトの背にもっちりと抱きついてはウットリとしている様子は傍目から見て異様である。
背中の主は暫くの間、無視を決め込んでいて何も言わなかったが、あまりにも不審な笑い声と動作が続いたせいか、とうとう耐え切れなくなったようだ。
ふーっ、と憂鬱げな溜め息を一つ吐いた後、肩越しから視線を投げて声を掛けた。
「さっきから何をそう笑ってるんだよ、モコイ。」
するとモコイは背中に押し付けていた顔を上げ、そのヒト――アスラを見て、むふふと笑う。
「ドゥフフ。だって、人修羅くんがボクの為に揺り篭を作ってくれるサプライズするから~。」
そう言いながら、モコイは自分の身体を受け止めている布をちょいちょいと引っ張った。布はアスラの肩口のところで結ばれ、背中のところで袋状になっている。
その形状はハンモックにも似ているが、正確に言い表すと”抱っこ紐”のそれであった。

「こら、結び目を引っ張るな。解けたら意味が無いだろ。」
布を引っ張っていたモコイの手を、ぱしんと払うアスラ。
それからまた、ふぅ、と溜め息を吐くと、モコイの台詞を訂正するように言い繋ぐ。
「大体、好きでしてるんじゃない。お前がライドウにちょっかいかけるから、こうなったんだ。そもそもコレは……俺の案じゃ、ないし。」
アスラはげんなりとした呟きを零してみるも、モコイはその首筋をちょちょい、と突付いて。
「むふ。照れることないッすよ、人修羅くん。」
「照れてるんじゃなくて真実だっ!」
「ドゥフフフフフ。人修羅くんのお背中、あったか~なのよ~。ドゥフフフフフ。」
アスラの言うことを聞いているのかいないのか(恐らく聞いていないだろう)、モコイは布越しに伝わる体温に寄り添うと、笑いながら目を閉じた。
「ぬくぬくっスね。人修羅くんてばセラピスト?」
「……反省ゼロか。」
アスラが、そろそろ見事な癖になりつつある幾度目かの溜め息を零しかけた時だった。

――ひやり、と冷気。
反射的にアスラの背筋が伸び、冷気を感じた方向へ視線を転じれば、そこには――。


◇  ◇  ◇


――その人影の周囲は、相変わらず闇色の気配が強かった。
ともすれば瘴気とも思える昏い影は、足を踏み入れた瞬間に飲まれそうなほど冷たい。
アスラも出会った当初はそのように考えていたのだが、影は此方を飲み込むことも無く全ては杞憂に終わったのだった。

「……アスラ。」
低い声は距離に関係なく艶やかに響き、アスラに届く。
流れるような動作で近づいてくるライドウの足音は、どんなに耳を澄ませても聞こえない。
「ああ、ライドウ。」
肩口にある結び目の具合を確かめつつ振り返れば、ライドウはそんなアスラを凝っと見つめてから口を開いた。
「出来は、どうだ。」
「え?」
ライドウは主語などを省いて喋る為、一度聞いただけでは分からないことが多い。
「出来って、何が――」
だから再度アスラが訊ね返そうとしかけたところ、下の方から声が聞こえた。
「その”抱っこ紐”のことを差しているんだ。……ふむ。まずまず、といったところのようだな。」
会話に割って入ったのはライドウの目付役、黒猫のゴウト。
今では通訳も兼ねたこの黒猫は、ライドウを仰ぎ見て笑う。
「お前の案は上々のようだぞ、七綺。」
「……そうか。」
ゴウトに誉められて嬉しいのか、帽子の下でライドウの纏う氷が砕け、微笑が現れた。
アスラはそんなライドウを横目にしながら、彼らに気づかれぬよう溜め息を吐く。

”抱っこ紐”を提案したのは、何を隠そう――このライドウなのだった。
そもそもの発端は、言わずもがなモコイである。
この悪魔があまりにもライドウの周りをチョロチョロうろうろするものだから、気が散ったゴウトが唸り声を上げ、それを見たライドウが刀に手を掛けて。
――見かねたアスラが、とうとう会議を開いた。

議題は無論、一つきり。
「モコイをどうするか」である。
しかし元々モコイはライドウの仲魔であるのだから、彼が持つ管に封じていれば済むことなのではないか? ――と。
フトミミがそう訊ねたところ、ライドウは首を傾げてモコイを見、それから視線をアスラに向けて口を開いた。
「アスラは……監禁を、望むか。」
「か、監禁っ!?」
そんな大袈裟な、とアスラは笑おうとしたが、ライドウの瞳に捕らえられ――言葉が、止まる。
ふと見ればモコイはライドウの影に隠れるようにしており、その隙間からちらちらとアスラを窺い見ていた。
ライドウの凝視とモコイの哀願に、アスラは狼狽する。
(俺に何を求めてるって言うんだよ!? )
プレッシャーが物凄い。特に、ライドウからの視線が。
アスラが必死に考えているところへ、天の助けか一つの提案が上がった。

「……”抱っこ紐”を、使用してみればどうか。」
ひんやりとした低音は、周囲を見回して正体を探るまでもない。
発言者を見遣れば、相手は僅かに首を傾げ、同じ言葉をもう一度言う。
「何か、違ったか。確か、”抱っこ紐”と……。そういう名であったと、思うのだが。」
「だ、抱っこ紐って――ライドウ? 意味、分かって言ってる……んだよ、な?」
アスラが恐る恐る訊ねてみれば、当人は無表情のままに頷いて。
「……知っている。」
「……俺に、モコイを、そうしろと?」
母親が乳児にそうするように。
モコイを布で包んで背負っておけ、と? 
目だけで問い掛ければ、意図を読み取ったライドウはまた頷き言い返す。
「監禁よりは、ずっと良い。……アスラは、異議があるか。」
ライドウの言葉と共に、アスラに、ざっと集まる視線。
「うっ……。」
先程から”監禁”という単語をライドウが繰り返しているせいか、仲魔たちは気づけばライドウに味方している風になっていた。
「監禁を望むか、アスラ。」
三度の問い掛けを前にして、アスラがとった行動は。

「……分かった。ライドウの提案通りにしてみよう。」
そうアスラが答えた瞬間、わっと周囲が沸いた――……。


◇  ◇  ◇


「……眠っているのか。」
アスラの背中の膨らみに視線を留めて、ライドウが言った。
それを聞いたアスラが、背後を覗き込む。
「あ、ほんとだ。道理で静かだと思ったら。」
むふーむふーと断続的に聞こえる寝息に、アスラは笑う。
「変な寝息まで立ててるし。ま、静かだから良いけど。」
アスラの背中にもっちりと張り付いて眠るモコイを見ていると、悪魔とは一体何なのかと思う。

「モコイは、本当にアスラが好き、なのだな。」
「ライドウの仲魔なんだろ。主君がそれでいいのか?」
アスラがそんなことを言えば、ライドウは視線を向けて。
「……誰かの傍に在る、というのは……良い、ことだ。」
そう言って、ゴウトを見つめて微笑うものだから。
アスラは肩を竦めながらも、観念したように頷いて。
「提案者がそういうんなら、そうなんだろ。俺も別に否定はしないよ。」
「……そうか。」
二人して微笑を浮かべると、アスラとライドウはそこへ腰を下ろし、少しばかりの雑談をする。

それは束の間のひととき。
――モコイが目を覚ますまでの、ほんの一瞬。