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もこもこモコイ

13.名、案?

ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle


カグツチ輝く赤い空。
大地が歪み、自然の摂理までが置き換わったこの世界ではもう四季の変化を見ることは無い。
しかし、その日は少しばかり肌寒いようだった。
かつての世界で見られた面影残る街、アサクサ。
地下より辿り着いた先住者たちは、ヨスガという名の暴力によって叩き潰されてしまったが、後からやって来た悪魔たちによって、それなりに存在を継続させていた。
その街の大通りにて。
長屋のように並んだ建物の軒先に、うずくまる緑色の悪魔が一人。
鼻歌らしきものを口ずさみながら、足の間辺りに置いたものを触っている姿は不審そのもの。
そのせいか何なのか、緑色の悪魔の周囲に敵の気配はない。

「はー寒いのネー。イジョーキショーってやつっスかねー?」
はふ、と息を吐いて、モコイは両手を擦り合わせた。
そのうち小さな塊を一つ取り上げると、それをしげしげと眺めながら独り言の続きを零す。
「この虫ムシってば、冷たそう。」
モコイはそう言って、その”虫”――悪魔の力が秘められたそれは虫のカタチをしているものの、正しくは悪魔の力が秘められたマガタマと呼ばれた物体――を、無造作に摘まんだ。
本来ならば宿主たる持ち主であるアスラが厳重に管理している筈なのだが、それが一体どうして彼の悪魔の手に在るのか。
モコイは、のほほんとした表情をマガタマに向けながら、口を開く。
「冷たいものゴックンしたら、お腹壊しちゃうっスよねー……――あ、そうだ。」
ごそごそ。
もぎゅ。
むぎゅ。

「むふ。モコイの懐でほっかほか! これで人修羅くんもスマイル、ボクもハッピー!」
きゃ、と笑うと、モコイは懐……というよりは下腹部を叩いて、誇らしげに胸を反らした。
そうして、大通りの向こう――アスラたちが探索に出掛けた方向を見つめると、彼らの帰還を今か今かと待ち侘びるのだった。


◇  ◇  ◇


「はー……疲れた。」
アサクサの街は以前にも訪れたことはあったが、今回は久々だったせいか、地下街の迷路に嵌まり込んで時間が掛かってしまった。
マネカタの子供からの「アサクサパズル」と同じくらいの時間を消費しただろうか。
気配を消すエストマを持ち合わせていなかったせいもあって、だいぶ多くの悪魔を殴る羽目になってしまったのも、時間が掛かった理由の一つ。
強くなっても、この辺は変わらない。
未だに自分は痛みを感じることが出来るのだ。
手が、痛い。

その痛みが――少し、嬉しい。

「アスラ、大丈夫かい?」
拳をいつまでも擦っていたので、心配したフトミミが話しかけてきた。
アスラが苦笑いを浮かべつつ「大丈夫だ」とだけ返せば、今度は隣から声が掛かる。
「……外ではなく、内に違和感があるならば……処置は、しておくべきだ。」
痛みどころか感覚が麻痺しそうな、氷の声。
何の気配も無く接近する彼の書生に今だ慣れない仲魔は多いが、ヒトの適応力かアスラは気にならなくなっていた。
気遣ってくれていることが解るようになってからは、尚更。
アスラはライドウを振り返り、苦笑を浮かべて言い返す。

「ん、筋をちょっと痛めたくらいだから。後で冷やしておくし、大丈夫だよ。」
「氷が必要か……。以前アスラは、氷結の技を持っていたように記憶してあるが。」
”絶対零度”のことを言っているのだろう。赤い世界に於いて二回目の対決をした時に、確かにアスラはその魔法を持っていた。
しかし、それも随分前になる。よく覚えていたものだ。――と、感心しつつ、アスラは言い返す。
「あれはもう失くしちゃったんだ。別の力に置き換えたから。」
「そう、か……ならば、他の手段を。」
「あー……ライドウ。気遣いは嬉しいんだけど、手を冷やすのに絶対零度はキツイから。」
ライドウが心持ち不思議そうに首を傾げて見つめてくるので、アスラはただ首を振り、一先ず仲魔の元へ戻ろう、と言って背中を押した。


◇  ◇  ◇


「あ! オカエリー人修羅くーーーん!」
ててててて、と独特の足音を響かせて、緑の物体は一直線に走ってきた。
そして飛び上がるとアスラに抱きつき、もっちりとした頬を押し付けつつよじ登っていく。
「イタタ、こら、モコイ、痛……登るなって言ってるだろ!」
「だってボクの定位置、此処っスもん。むふ~オカエリ~ひーとしゅーらくーん。」
そう言って首筋に擦り寄ってみせたモコイに、アスラは上げた腕を力無く下げ、溜め息を吐いた。
「不在の間……何事も無かったか、モコイ。」
疲労したアスラの代わりに、ライドウが報告を求めた。モコイは顔を上げると、ビシッと敬礼の形をとって言う。
「無いっス!」
「……報告は以上のようだ、アスラ。」
「……有難う。」
はぁ、と溜め息を零したアスラは、無意識かまた右の拳を擦る。
それを見たモコイが上体を伸ばし、アスラの腕を差した。

「どしたの人修羅くん。怪我したの?」
「んー? ……ああ。怪我じゃないよ。打撲程度のものだから。」
「ナニソレ! ――ちょっと! サマナーくんが着いていながら、このオソマツは何なんスか!」
キッとライドウを睨みつけるモコイ。
この悪魔は、どうしてこうも向こう見ず――怖いもの知らずなのだろうか。
アスラが口を塞ごうと手を伸ばすが、非難を受けたライドウは無表情に頷いた。
「……お前の言の葉には、道理がある。……謝罪を。」
「いいんだよライドウ! 謝らなくて良いから! こらっ! 馬鹿モコイ!」
顔を顰めたアスラは、首の後ろに回りこんだモコイを掴み上げると強引に引き剥がした。
あきゃーと奇妙な声を上げ、モコイが暴れる。

「ボクはサマナーくんと約束したノニー! 人修羅くんをオ願イネって言ったのにー!」
それはさながら癇癪を起こした子供。
手が付けられなくなる前に落ち着かせよう、と考えたアスラが、ライドウに頼んで管の中へ封じてもらおうと口を開きかければ、モコイの叫びがそれに重なった。
「ボクは人修羅くんの為にヒデヨシクンの真似までしてたのにー! 酷いっスよーー!」
「……ひで……何? おいモコイ、どういうことだ。」
首を掴んだままアスラが訊ねれば、モコイは、すんと鼻を啜り上げつつ言う。
「人修羅くんがお腹壊しちゃわないように、してたっス……えぐ。」
悪魔の身となってこの方、体調不良といえば痺れか毒か呪いを受けることぐらいだが。
アスラが何のことかと考え込んでいれば、モコイが自分の懐に手を伸ばし、ゴソゴソとやり出した。
そして――。

「虫ムシ君、温めておいたッス。」
「――っ!?」
差し出されたマガタマは、気のせいかグッタリとしているように見えた。
それより何より、口より放り込んで体内に飲み込むマガタマを、今この悪魔は何処から出した? 
アスラの顔が、見る間に青褪めていく。
「モコ、イ……それ、いつから、やってたんだ……?」
質問を受け、モコイは考え込みつつ言い返す。
「えーとー……人修羅くんと再会してからチョットした後に、時々っスかネー。」

モコイの懐――というより、それは確実に褌から取り出されたものだったマガタマを、アスラは知らずに飲み込んでいたのだ。
今の今まで、ずっと。
気が、遠くなる。

「人修羅くん? ……人修羅くーん!?」
怒鳴るよりも叱るよりも、もう意識を手離した方が楽になる……そう思ったアスラは、そのまま何も言わずに気を失うことにした。
その際に、背中に冷たい気配が触れるのを感じた……多分、ライドウが抱きとめてくれたのだろうが、後のことは目が覚めてからどうにかしようと思った。
モコイは恐らく”冬に主君のわらじを懐で暖める”という史実を実行したのだろう。
マガタマは履物では無いものだということを、気にも留めないで。
ただ、アスラの為に。

気持ちは嬉しいが流石に勘弁してくれ、と。
落ちていく意識の底で、アスラはひたすら己の運命を嘆くのだった。