もこもこモコイ
14.抜き打ちチェック
ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle
「ん? モコイ、何して――痛、イタタタタタ!」
「あはん。抜き打ちっスよ。」
突然モコイが背中に張り付いてきた――かと思う間もなく、首に足を巻きつけてきたものだから堪らない。
アスラは上体を仰け反らせ、首輪のようにもちっと絡むモコイの足に手を掛けた。
「いたた、コラ、苦し、……ぬ、抜き打ち? 何の……って、それよりも、足、足! 首締めてるから!」
苦しさにアスラが眉根を寄せて呻くも、モコイは離れようとしない。
尚もその背で何やらモゾモゾ動きながら、アスラに言い返す。
「ダーカーラー。以前、モコイとお揃にしてもらったデショー!」
「は? ……オソロ?」
まるで教師が出来の悪い生徒にものを教えるような言い草だったので少々カチンときたが、アスラはその言葉を聞いて、思い当たることがあった。
「あー……あれか。」
『以前』――それは、モコイが初めてライドウにちょっかいを掛けた記念日(?)のことである。
上半身裸であるアスラはさぞ寒いことだろう、と考えたモコイが無謀にもライドウの帽子を奪い去り、そしてゴウトとひと悶着を起こしてくれたのだ。
帽子一つで寒さがどうにかなるわけでも無いというのに、よりにもよってライドウに。
しかしライドウは元々感情の起伏が希薄である為、大した問題にはならなかった。
が、かといってそこで話が終わるわけが無い。
後からライドウより話を聞いた(聞き出した)彼の黒猫、相棒であるゴウトが烈火の如く怒った。
元より、ゴウトとモコイの仲があまり良くなかったことも起因ではあるが、大抵はモコイが悪い。
ああ、十中八九、発端の中心にいる。
とにかく、それからゴウトの命を受けて追いかけてきたライドウと色々あったのだが、どういう流れでそうなったのか、最終的にライドウがアスラの衣服を裁縫することで話の纏まりがついた。
血を見るようなことにならずに済んだのだから、これはまだ幸運な方であるのだろう。
ライドウは、アスラに自分と揃いの学生服を繕ってくれた。
そのあまりに精巧な出来上がりにアスラは素直に驚き、感嘆し、ちょっとばかり見る目が変わったのは秘密である。
――と、ここで話が終わってくれれば良かったのだが、まだまだ事態は収まらない。
「何処までも怖いもの知らず」な者が抗議をかまし、沈静化しかけていた問題をややこしくしてくれた。
言わずもがな、原因はモコイである。
曰く――「これは自分とお揃いじゃない」と。
アスラは冷や汗を流したが、しかしながら、ライドウは何処までも寛大(?)であった。
気を悪くした風も無く素直に謝罪すると、モコイの願いに従って、「きっちり」と褌まで作り上げてくれた。これもまた、見事な仕立てであった。
――ここまでが、所謂「お揃い」事件である。
しかし、あれはもうだいぶ前のことだ。それをチェックだとは、どういうことなのか?
アスラは回想から還ると、背後のモコイを振り返って訊ねた。
「あれが今更どうしたというんだモコ……ん!? な、モ、モコイ!? おい、ちょっ……ズボンを摺り下げるな、って……コラ――!」
「きゃーーー!」
「悲鳴を上げたいのは俺のほうだよ!」
アスラはモコイを睨みながら、摺り下げられたズボンを持ち上げて、どうにか穿き直した。
「いきなりズボンを脱がせるなんて、変質者かお前は!」
だがアスラの叱責で、大人しくなるモコイではない。
むしろ体勢を変えてアスラの背中に抱きつくと、今度は肩口から顔を覗かせて悲鳴を上げた。
「ヒドイ! ヒドイのよ人修羅くん!」
「酷いのはどっちだ!」
「お揃……ボクとのお揃じゃないッス!」
「――はぁ?」
どうやら、アスラが褌を身につけていないことが不満らしい。モコイは大きな瞳に遠慮なく涙を浮かべると、アスラをジッと凝視しながら、非難の声を上げる。
「ナンデー! ヒドイー!」
「……あのなぁ――」
アスラは頭を掻くと、面倒くさそうな顔をして言い返す。
「褌なんて、そうそう穿けないんだよ。」
「うぅ……ヒドイ……サマナーくんのお手製なのに……言いつけてやるーー!」
「ばっ……!? 待てモコイ、それは止めろ!」
ライドウの名を聞いた途端、アスラはぎょっとした。
慌てて手を伸ばし、モコイの口を塞ごうとしたのだが――。
「サマナーくーん! カモン、サマナーくーん!」
「……召請か。」
背後より、凍りついた声。
弾かれたように、引き付けられる様に、声のした方を振り返れば、其処には影の中から浮かび上がるようにして佇む人影が一つ。
◇ ◇ ◇
「……凶事か、アスラ。」
ライドウは足音も無く近づいて来ると、アスラの前でピタリと立ち止まった。
そしてモコイとアスラを交互に見遣った後、首を傾げて口を開く。
「モコイが、煩いをかけたのか。」
「あ、いや……」
そうです、と――頷きたくとも、ライドウが相手である以上、迂闊な言動は控えたい。
かきり、と僅かな音が聞こえた外套の下。
その隙間から覗いた光景――親指で刀を押し上げ、刃の煌めきを見てしまったアスラとしては、もう口を噤むほか無い。
モコイはトラブルメイカーだが、ライドウとてトリックメイカーである。
「……難儀して在るのであれば……祓うが。」
「え、えーと……」
アスラが言い淀んでいたその時、ライドウの足元から声がした。
「どうせまた詰まらん我侭だろう。七綺、関わらん方が良いぞ。」
「あ。――ゴウト。」
声の主は、ライドウの相棒、黒猫ゴウトだった。
ゴウトは通り抜け様にライドウの足に軽く擦り寄ってみせてから、アスラを見上げて口を開く。
「……お前もお前だ。悪魔がデビルサマナーを召喚するとは何事か。」
「いや、呼んだのは俺じゃ――」
言い返すのはアスラ――では勿論無く、その首筋に抱きついているモコイである。
「召喚じゃないッスもんー。」
「……何があった、モコイ。」
地面に片膝を着いてゴウトの背を撫でつつ、ライドウが会話を引き継いだ。
静かな声の尋問に、モコイは、ぷうと頬を膨らませて言う。
「人修羅くんが、お揃じゃないッス。」
「おそ、ろ……。」
首を傾げるライドウ。当然の反応だろう。
アスラが首を振り振り、補足する。
「俺が褌を穿いていないのが不満らしくてさ……。良いよ、ライドウが気にすることじゃない。」
「……。」
ライドウは凝っとアスラを見つめ、それから首を傾げて言った。
「あれは……アスラの不興を、買ったか。」
「え?」
「材質は、確かなものを用いたのだが……俺などの手が、掛かった故に……アスラは。」
「ち、違うってば! ライドウの手製が問題なんじゃなくて――」
「……済まない。」
「いや、だから」
ライドウの劣等感癖(?)を忘れていた。
足元を見れば、ああ、予想通り。緑色の双玉が此方を睨みつけている。
これは危険だ。下手をすれば更に事態がややこしくなりかねない。
アスラは考えを纏めながら、言葉の表現に気をつけながら、言い返す。
「ライドウ、俺は……俺の世界では、褌という下着自体が珍しいんだ」
「……。」
ライドウが顔を上げたので、アスラは宥めるように頷きつつ説明する。
文化――特に、衣服、及び下着の進化、その違いについてを話した。
そのようにして一通りを語ってみせれば、ライドウは無表情のままに頷いて口を開く。
「完全に、解せたわけでは無い、が……事情は、分かった。」
「そ、そうか……良かっ」
「絹ではなく、綿で仕立てれば、良かったのだな。……済まない。」
「え? いや、あの――」
アスラが言いかけた言葉を、氷解の微笑が先に砕く。
「次は、綿で作成する。……アスラ。再度、寸法を。」
言うなり、ライドウが腕を掴んだ。ぶんぶんと首を横に振って、アスラは言う。
「違っ……もう褌は……ゴ、ゴウト! ライドウを止めてくれ――」
アスラが救援を求めるも、しかしながら残念なことに、黒猫が動くよりも早くに通りの向こうへと引き摺られていった為に間に合わなかった。
虚しく響いたアスラの言霊を遠くに、ゴウトは呟く。
「悪いが、俺は七綺の味方で在りたいんだよアスラ。済まんが、七綺の成長の糧となってくれ。」
「むふ。ゴウトくんも意外とサディスティック。」
「当然だろう。七綺は俺の相棒だ。」
「ラブっスか。イイネ。それにしても、おニュー褌の人修羅くん。……ドゥフフ。楽しみっス。」
「あのな、モコイ。お前も少しは自重しろ。」
「ボクは人修羅くんの味方っスもん。それにーコレもひとえに人修羅くんに対するラブっスよん。」
「……それの何処が味方で、何が愛だ。」
ゴウトが呆れ、ふうと溜息。
その遠方では、精神的に疲れる少年が一人。
この世界では、いつも割を食うのは人修羅ばかりであるらしい。