もこもこモコイ
15.庇護は罪となりて
ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle
「なあ、モコイ……もう泣き止めよ。」
「――! ~~~っ! ……!」
アスラの胸には悪魔が一体、ひしと強くしがみ付いており、先程から咽び泣いていた。
そもそもの発端は、アスラの起こした行動が原因であった。
――話は、少し前に遡る。
その時、アスラはモコイと一緒に(半分は強制的に)ギンザをぶらぶらと歩いていた。
此方が強くなったのか、それとも終末における準備が進んでいたりするのか。
外を歩いても敵方の悪魔と遭遇することが少なくなったものだから、アスラは行動する時、少人数体勢に切り替えていた。
ライドウが仲間になってからもその姿勢は変わらず、ゴウトに進言を受けても変えず。
何よりも仲魔を大切にしていたから、敵の情勢を探ったり買出しに出掛ける時などは特に、一人になることがあった。
最終的に、ゴウトがけしかけたであろうライドウからの忠告を受けて以降は、少なくとも一人以上で行動するように、”一応”ながらなってはいた。
「むふ~。ふふ~。……ドゥフフフフフ。」
「モコイ、五月蝿い。というか、気持ち悪い。」
「だって……むふ、人修羅くんと二人っきりーのデートっスよ? ドキドキでしょ。」
「デートじゃない。偵察だ、馬鹿。」
「はー……しかしココも静かっスねー……シューマツみたい。」
モコイの呟きに、アスラが僅かに肩を震わせた。
「……ああ。終末だよ。東京受胎以来、ずっとな。」
何を今更、といった声音でアスラが言った。その表情は暗く、眉間には皺が寄っている。
モコイはそんなアスラを見上げると、ヤレヤレといった風に首を振った。
「やーねー。シュウマツ違いっスよ。ボクが言ってるのは、週間の末のシュウマツっスよん。」
そう言い返し、つんつん、とアスラの脛を突付いてモコイは笑った。
アスラの顔に差す影には、気づかぬ振りをしておいて。
その時だった。
背後から悪魔に急襲されたのは。
以前ならば考えられなかった状況だが、此処は崩壊した世界。何が起こってもおかしくない。
悪魔は先ず、弱そうな者から襲い掛かる。――爪を振り上げた悪魔の前には、無防備な緑の背中があった。
アスラはそれを見とめた瞬間、その間に自分の身体を投げ出していた。
そのせいで己自身が無防備に背を晒す羽目になり、そして――赤い血が散ったのを、己の目で見ることになったのだ。
◇ ◇ ◇
だが、不意打ちを受けたとて下級の悪魔に引けをとるアスラでは無い。
地面に散らばった羽や残骸。それは先ほどの悪魔の――いいや、悪魔だったものの名残。
何処の勢力の者だったのか、力量差を悔いているのだろうか――そういった思考などは、愚かな骸と化したモノの前では意味も無い。
アスラは手を一振りして汚れを払うと、背後で泣いている悪魔――モコイの方を振り返り、淡々とした態度で声を掛ける。
「いつまでそうしてるんだ。……ほら、行くぞ。」
しかしモコイは俯いたままで、えくえくと喉を鳴らして泣いていた。
溜め息を吐くアスラのこめかみからは赤いものが一筋伝っているが、本人は気にした様子も無い。
ただ動こうとしないモコイにウンザリした視線を向け、再度声を掛けた。
「おいモコイ。いい加減に――」
「――人修羅くんはっ!」
「え?」
「人修羅くんは、ヒドイっス!」
「な……何だよ、突然。」
どうして非難を受けなければならないのか、という風にアスラが顔を顰めれば、モコイは涙で濡れた瞳で睨みつけて叫んだ。
「何でボクを庇ったっスか!? ボクを庇って、何でチミが……人修羅くんが傷付くの!?」
「いや……何で、って……俺が率先者だし。」
答えるアスラのこめかみから、流れ落ちた血が頬を伝って――ぽたり。
「ボクがチミを護るっていったデショー!? 何で言うことを聞ーてくんないの! ヒドイっスよ!」
そのままズカズカと詰め寄られ、流石にアスラはたじろいだ。
何故ここまで責め立てられるのか訳が分からないといった顔で、頬を掻く。
その視線は逸らしたまま。曖昧な苦笑を浮かべ、口にするは自嘲。
「大袈裟だな。大丈夫だってこのくらい。こういうのは慣れてるし、それに俺は……――」
言いながら、上げた片手の爪を見せて笑う。
「ほら……この通り――悪魔だし。」
ヒトにしては尖りすぎたその爪は禍々しく、先程急襲してきた悪魔どもを手加減無く引き裂いたばかり。
血の匂いを纏わりつかせた凶爪。
飛び散る血や臓物を見ても平気になったのは、きっともう――悪魔、だから……。
「……違うっス!」
「――!?」
まるで、心を呼んだかのようなタイミングでモコイが否定した。
アスラが力無く手を下ろし、モコイを見つめる。その視線は不安定に揺れていたが、モコイはそれ以上に、涙で大きく潤んだ瞳を揺らして、一気に叫んだ。
「人修羅くんは、人修羅くんなの! 悪魔とか関係ないッス! ――心はヒトなの!」
「……、……モコイ……」
勢いに動揺してか、否定に怯えてか、アスラが身を仰け反らせて後退った。
モコイはその足にヒシとしがみ付いて逃さず、尚も子供のように泣き叫ぶ。
「ヒト、なのに……なのにっ……――なんでそんなコト言う、ん、ス……か……っ、ぁああああん!」
「あ……あー、ごめんごめん! 分かった、悪かった! そんなに泣くなよ!」
大声を上げて泣き出した悪魔らしからぬ相手に戸惑いつつ、ぎこちなく宥めつつ、アスラはその手をとった。
そして、引き摺るようにして歩き出す。
仲魔のところへ早く戻ろうと思ったのだ。
このままでは、モコイを持て余してしまうから。
「ほーら。モコイ、帰るぞ。」
「うぇ、っく……ひと、……ら……バカー」
ずるずると、半ば引き摺るようにしてモコイと共に来た道を戻っていく。
――ヒト、なんて。
捨て去ったものだとばかり、思っていたのに。
モコイはそれを、アスラに教えてくれる。
アスラが忘れようとしても、置いていこうとしても、その度に何度も告げてくる。
今みたいに、真っ直ぐに。
『チミはヒトなの、人修羅くん! 』
最初の頃はひどく嬉しかった、その言葉。
でも――今は。
「う……えっく……しゅら、く……、おばか……」
「何でバカのところだけはハッキリ言えるんだよ。」
未だ泣き止まぬモコイの頭を、ぽんぽんと軽く叩いてやりながら、溜息混じりにアスラは笑う。
その瞳は何も見ていない。
『心はヒトなの! 』
ならばどうして平気なんだ。
なんで躊躇いも無く肉を引き裂くことが出来るんだ。
「……ヒト……なんて――」
”悪魔の力”を手に入れた今となっては、その言葉は重く、遠く――霞のように、儚い。
……辛いんだ、モコイ。
”ヒト”は脆くて、弱くて、狡くて――そのくせ、何も救えなくて。
アスラは視線を彷徨わせ軽く唇を噛むと、遂には足を止めてしまったモコイを背負って、帰りを待つ仲魔たちの元へ歩いていく。
足が重いのは、モコイを負ぶっているせいだ。
気分が重いのは、多分疲れているせいなのだ、と。
……そんな考えで、痛みを誤魔化しながら。