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もこもこモコイ

16.相談室サカハギ

ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle


イケブクロの中央広場、階段上。
そこが彼らの出会いの舞台だった。
当初、モコイは物陰からチラリと顔を覗かせただけだったが、それでもあの時のアスラの顔は今でも良く覚えている。

悪魔になりたてたばかりの少年は、とても弱々しく、不安そうな表情をしていた。
ヒトと悪魔の間で揺れていたのだろう。それとも、既に色々あったのかもしれない。少しの音でも反応し、周囲と此方を露骨に警戒していた。
だが、そんな彼でもモコイがその前に躍り出た時だけは違う様子を見せる。
モコイは彼――アスラの目の前でくねくねと身体をくねらせ、そしてくるりと一回転してみせた。
すればアスラは何事かとぎょっとして身を引いたが、けれどその表情に浮かんでいたのは不安でも警戒でも無かった。

素直な驚きが、そこにあった。
少年らしくヒトらしい反応が、そこに。
その一瞬の輝きに、モコイは惹かれたのだ。
もっと色々な表情を見たいと思った。

彼の運命を、見届けたいと――……。

「――ハァ~……」
しかし今、それは遠いことのように感じた。
階段の段に座り込み、膝に手を置き、顔を乗せてモコイは溜め息を吐く。
二人で出掛けた数日前、悪魔から強襲された。
その際に、アスラはモコイを庇って怪我をする。
肩と脇腹につけられた獣系悪魔の爪跡。そこから流れたのは、紛れもなくヒトの赤い血。
モコイが庇った理由を問えば、アスラは苦笑して言った。

――自分は「悪魔」だから平気なのだ、と。
少し寂しげにそう言ったアスラを見て、モコイは泣いた。
一番悲しい嘘を吐いたから。
自分が一番哀しいくせに、一番酷い嘘を吐いて。
ヒトに戻りたいと願っていたくせに、そんなことを言って綺麗に笑ったものだから――モコイは、思いっきり泣いた。

あれから数日。
モコイはストライキめいたものを起こし、未だにアスラと口を利いていない。


◇  ◇  ◇


「はぁ……ダメダメっすね。」
「……。」
「何だかセンチメンタルー。」
「……あのよ。」
「恋は不思議よネー……ふぅ。」
「おらっ! 聞こえてんだろテメェ!」
「うるさいっスね。何よーサカハギくん。」
モコイがガラス玉のような目を隣に向ければ、胡坐の姿勢で居たサカハギが睨みつけていた。
それもその筈、一人で悠々と寛いでいたら、「ちょっと話があるから一緒に来て」と言われた。
なので、渋々ながらも着いて行ったら、辿りついたのが此処、イケブクロのビル前。
意図がさっぱり掴めず、相手が話し出すのを待っていたのだが一向に口を開く様子が無い。
遂には、うるさいくらいに溜息を吐いて呟きだしたものだから堪らない。

というか、そもそも何の為に呼び出されたのかが分からないのだ。
サカハギは鬱陶しそうに顔を顰めると、モコイに言った。
「何、じゃねぇだろ。ヒトんこと呼んどいて無視か!? あぁ?」
「センチメンタル中に話しかけないでよネー。全くもう。」
じゃあ何でわざわざ隣に座りに来たんだ、とか、そもそも話を聞いてくれと言って近づいて来たんじゃないのか、とか色々言いたいことはあった。
だが、いつもと比べると随分と落ち込んでいるようだ。
サカハギは深呼吸をして気を落ち着けると、仕方無しに会話の相手になってやることにした。

「あのな……話がしたけりゃ、俺じゃなくてフトミミの野郎でもよかっただろ。」
すると、モコイはウーンと唸って。
「フトミミくんはねー……なぁんか裏がありそうデー。」
それを聞いたサカハギは苦笑する。
「……意外と観察眼あるじゃねぇか。」

――いつだったか、アスラも似たようなことを言っていたのを思い出す。
何かについて悩んでいたアスラに対し、「フトミミに、助言の一つでも仰いでみればどうだ?」と言った時のことだ。
アスラは今のモコイのようにウーンと唸ると、顎に手を当てて言い返した。
『フトミミは……考えすぎるからなぁ。』
そんな曖昧な言葉で誤魔化して、アスラは結局悩んだまま――悩みの内容も明かさないまま、その話を打ち切りにしたので、あれから彼の悩みがどうなったのかは分からない。
アスラは、マネカタである自分たちをこうして再び「カタチ」にした当人だ。

泥より生まれ出でしもの。
コトワリを求めたものの啓くことを許されなかった真似人形。
ある者は力を求めて挑んだものの敗れ、ある者はマネカタの世界を築こうとしたものの、残酷なる暴力の前に蹴散らされてしまった。
所詮は泥人形だと、嘲弄したのは暴虐の女。
かつて彼女がアスラの友人であったことなど、誰が知ろう? 
しかしアスラは何も語らず、不思議な土鈴を手に、フトミミとサカハギを再生させ、そして今に至るわけだが、何処でそれを入手したのかについては頑なに語ろうとしなかった。
赤い地の底――アマラ深界と呼ばれる場所で手に入れたのだろうということは、ライドウを連れ帰った(着いて来た? )時に想像がついたものの、何故自分たちを再生させたかについては遂に語らずじまいである。
マネカタの原型は、東京が崩壊する前の誰かの「心」が具現したものだと「誰か」に聞いた気がするのだが、それが誰だったのかは思い出せない。
なので、「サカハギって天邪鬼だよな」など言ってからかってくるアスラが妙に癪に障るくらいの他は、気にしないことにした。
それが無難だ。
何にとっても――誰にとっても。

そういえば、あれからだったか。
アスラの雰囲気が変わったのは。
表裏の真理を知った、などとのたまってくれたが、本当に何を見たのだか。

「アイツの様子がおかしくなったのって、いつ頃か分かるか?」
一先ず邂逅より脱すると、サカハギは溜息の原因を探りに掛かった。
隣のモコイに質問を投げかければ、相手は片頬に手を当てて言う。
「えーとー……メタトロンくんと闘り合った後? じゃないスかねー。」
「……天使の最高位を気安く呼んでんじゃねーよ……つーか、それってカルパ降りた時か。確か……アスラ一人でしか入れねーとか制限があったっていう……」
「……ウン。」
赤い世界、深い血の底に何があったのか。
アスラはその「何か」を知っているようだったが、これも何度聞いても未だに教えてはくれない秘密の一つだった。
あの化け物じみた異界のニンゲン、ライドウすらもその辺りの事情は知らないようだ。
誰にも何も教えず。
誰にも何も聞かせず。
全部を独りで抱え込んで。

――そのせいで、迷い込んでしまったのか。コトワリの迷宮に。

サカハギは呆れたような溜息を吐き、呟く。
「アイツ、何でもかんでも溜め込みやがる癖があるからなぁ……。」
「そうッスよね……。」
「ったくよー……唯でさえ元々の迷いが吹っ切れてねーってのに、何やってんだか。」
そのサカハギの呟きに、モコイが顔を上げた。
「ナニそれ。――何か知ってるんスか、サカハギくん。」
「あ? あー、まあ……知ってるっつーか……そんな大層なもんじゃねーけど……な。」
「ナニナニ? なんスか? ね、ナニ!」
「う、うおぉ!? ちょ、待て、分かった、喋るから! だからあんま顔近づけんなっつーの!」
語尾をぼかそうとするその顔にズズイとモコイが詰め寄ったものだから、迫力負けしたのか、サカハギは後ろへ下がりながら白状することになった。

「はあ……アイツ、言ったんだよ。――悪魔になって良かったのか、ってな。」
「……? 人修羅くんは、ハーフ&ハーフなんデショ?」
「ピザみてーに言うな。あー、なんつーか……心は、ヒト、だったんだよ。」
「……今も、デショ? 人修羅くんは、今も、ウウン、これからだってずっと――」

ずっと、優しい「ヒト」の筈。

不意に不吉な怯えがモコイをぶるりと震わせた。
深層より戻って来たアスラは、前よりもずっと強くなった。
そういえば、あの瞳。
あの色も何処か不吉で――。

「人修羅くんは……ヒトのまんまっスよ?」
断定では無く疑問系になってしまっているのは、何かを感じ取ったせいか。
サカハギは答えを返さず、視線を他所へ向けて息を吐いたのみ。
モコイはふるふると首を振り、精一杯の声を出して呟く。

「人修羅くんは……アスラくんは、優しいヒトのままっスもん――!」
最後は声になっていなかった。
モコイは目にいっぱいの涙を溜めると、膝を抱えて丸くなった。
ぽたぽたと落ちる涙から目を逸らしながらも、サカハギはその偏平な頭を軽く叩いて慰める。

それでも掛ける言葉は何も無く――何の言葉も見つからなかった。