もこもこモコイ
17.Devils Inside
ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle
「……はぁ。」
溜息にしては、それは少々わざとらしかった。
「……ふぅ。」
まるで誰かに――例えば、いま隣にいる「誰か」――に、訊いて欲しいような。
「……あーぁ。ボクってば今とってもセンチメンタル。」
「煩いぞモコイ。何だ、さっきから。」
それでも反応がなかったので今度は台詞として口にしてみれば、そこでようやっと相手から反応が返ってきた。
相手が――アスラが、気の無い声で言う。
「どうした? まだこの間のことで拗ねて――」
「……ネェ、人修羅くん。」
「何だよ。」
相手の反応を遮り、モコイは自分の台詞を繋げる。
「それ」を訊くのには、勇気が必要だった。
言葉が一瞬詰まる。
でも――言った。
「ボクって……もう、お邪魔虫?」
「……は?」
アスラは眉を顰め、怪訝そうな目でモコイを見返した。そんな質問が来るとは思わなかったらしい。
目を丸くし、隣に座る緑色の悪魔をまじまじと見つめる。
けれど、彼の口から言葉は出てこなかった。
からかいの口調や、軽い肯定すらなく。
――無言。
「……っ。」
そんなアスラの反応に、モコイは胸が詰まった。
まだ笑いながらでも良いから「邪魔だよ」と言って欲しかった。
「バカだな」とか「何を言ってるんだよ」とか。
そんな風に、何でも良いから答えて欲しかった。
それを、こんな卑怯な形で――沈黙という答えで通されるのは、逆に辛くて……悲しい。
モコイは俯き、僅かに身体を震わせたが、それでもめげず、声だけはどうにか明るさを揮わせて話を続けてみせた。
「あのねー……最近の人修羅くんてば、もうそれはそれはベリーストロング。凄いッス!」
「……はぁ。凄いのか?」
「凄いっスよ! ステキというかー正にビューチービーストって感じ! イケてるね、チミ!」
「……何処を突っ込めばいいんだ。いや、それよりも――そんな事が、どうかしたのか?」
軽く額を押さえて苦笑しつつも、アスラの口元に浮かんでいるのは歪んだ笑み。
それを見て、モコイはますます胸がぎゅうっとなる。
――「そんなこと」……なんだ。
以前の彼ならば、そんな表現は使わなかっただろうに。
強さを求めていた、あの時なら。
必死になって、強くなろうとしていた当時の彼ならば。
それこそ「そんなこと」などと、冷笑して――侮辱するようには、言わなかっただろうに。
虫の居所が悪いだけならば、いい。
気分が少しばかり良くないだけなのならば、それでいい。
しかし、これは違う。
口調も眼差しも、何処となく妙な距離感と言うか余所余所しいのだ。
モコイはそれ以上アスラを見ていることが出来なくて、膝を抱えて丸くなると、そこで初めてアスラから逃げるように背を向けた。
そして、小さな声で呟くのは悲しみ。
「この頃の人修羅くんは、何だかちょっぴりクールすぎて……ボクとしては、何だかロンリネス。」
「クール、すぎて……?」
そこでアスラの気配に変化が生じた。
ぴりぴりしたそれは、嫌悪?
それとも――憎悪?
「……モコイは、弱いままの俺が好きだったのか? 何も護れず膝を付き、強者の前に崩れ落ちる……何とも無様で、どうにも見っとも無い、俺が?」
その言葉は刺々しく、その声は冷たく。
そして再び、「そんなこと」と突き放したアスラに、モコイは怯んだ。
ああ、アスラは何か誤解しているのだ。
そうじゃないのだと、教えたかった。
自分が惹かれたのはアスラの「力」では無く、もっと――もっと純粋な、「ヒト」の……。
「違う、スよ……弱い、とかじゃなくて……ボクは……」
「……良いんだぞ。」
「――え?」
呟いた声には、感情が無かった。
モコイがハッと振り返れば、アスラと視線が合う。
その口端には、歪んだ三日月が浮かんでいた。
純粋な欠片が――砕けていく。
「誰かのところへ……他の勢力に逃げ込んで助けを求めたかったら、そうしても良い。俺は追わないし、仲魔にも追わせたりなんかしないから。」
「ひ、人修羅く……」
ヒトが。
優しいヒトが、正体を失っていく。
「俺が怖いというなら、離れていけモコイ。大丈夫だ、俺は気にしない。何も、な。」
彼のヒトはそう言うと目を逸らし、両腕を組んで吐き捨てる。
「今更ひとりになったって――孤独なんて、どうでもいい。」
「! っ……うぇ……っ……ひ、しゅら、く……!」
モコイはそこから先、何も言い返すことが出来なくなった。
ヒトが。
大好きなヒトが、此方の想いを叩き壊していく。
悲しかった。
モコイは、アスラの笑った顔が好きだった。
綺麗で優しい微笑。
その笑顔で、悲しい言葉を投げたのだ。
ひとりになっても、平気だからと。
あんなに誰かを求めていたのに。
ひとりは寂しいな、と……そう言って、モコイを抱き締めてくれたりもしたのに。
なのに、なんで。
どうして、「そんなコト」――なんて……!
「……っ、ひ、人修羅……くん、の――おばかーーあぁぁぁ!」
モコイは泣き叫ぶと、大きく腕を振り上げて――そして、アスラを打った。
仲良くなりたかった。
力になりたかった。
何を失ったのかは知らない。
教えてくれないから分からない。
けれど、その空いた隙間を埋めるものになりたかった。
しかし手は振り払われ、ドコにでも行けばいいと追い払われて。
お前なんか必要ないんだと……そう言って大好きだった笑顔を砕き、一番酷い方法で――突き放した。
「バカバカバカ――……ッッ、大バカーーッ!」
モコイは手を振り回すと、目の前の相手をバシバシと殴った。
「……ッ。」
アスラは動かず、それを黙って受け止めている。
言い返さず、やり返さず、ただ立ち尽くして受け止める。
それはモコイが初めてアスラに手を上げた日。
目が赤くなるまで泣き続け、すっかり疲れるまでアスラを叩き続けた――悲しい日。