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もこもこモコイ

19....Regret?

ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle


「人修羅くんはヒトなの!」

まどろみの中。
声が反響して、ウルサイ。

「独りぼっちじゃ悲しくなるの! それはベリーロンリーなんスから……!」
傷の原因、現場の再現。
記憶が回る。映像が浮かぶ。
そこには、がむしゃらに手を振り回しながら泣き叫んでいる緑色の悪魔が居た。
まともに殴るのは気が引けていたのだろう。殴打にしては力加減がめちゃくちゃで、攻撃にしては空振りすることが多かった。

「ボクがずっと居るっていったデショー!? なのに、何で……!」
悪魔も涙を流すものだと、そのとき初めて知った。
「ナンデ……離れてけなんて言うのーー! ばかーーおばかーー!」
ばしばしと打つモコイの手が、傷ついて赤くなっていく。
それに気づいたアスラは途中でマサカドゥスを外すと、初めのマガタマであるマロガレに付け替えた。そのほうが、ダメージが少ないだろうと思ったのだ。
反論も反撃もしないまま、そうやってずっとモコイからの攻撃を受け続けていれば、やがて気力が果てたのかモコイがアスラにぐったりと凭れかかってきた。
気絶したのだ。疲労で。

「気を失うまで殴るなよ……この、馬鹿。」
小さな身体を抱き締めて、アスラは力なく項垂れる。
後に残ったのは、血と青痣。
幾つかの傷跡、それから。

――涙が、たくさん。


◇  ◇  ◇


「……はあ。」
眠れたのかどうか分からないままに身体を起こせば、酷く汗を掻いていることに気づいてウンザリした。
これでは仮眠も意味がない。腕や足に巻かれた包帯の白さに目を留めて溜息を吐くと、アスラは頭を振り、いましがた見た夢を振り払おうとした。
「……覚醒、したか――アスラ。」
不意に響く氷の声。それは僅かに残っていた意識の靄を吹き飛ばす。
背後を振り返れば、其処には何時の間にか、一つの人影が立っていた。
冷たい美貌を持つも無表情なこの書生は、常に音を立てずに行動する。そればかりか、どうにも気配を悟らせてくれないので、いつも驚かされてしまう。
「……、ライ、ドウ……。」
異世界のデビルサマナー。名は葛葉ライドウ。彼は大正時代の人物らしいが、大正「二十年」という時点で別世界というよりは最早別次元の人間だ――と、アスラは思う。そこは流石に口には出さないが。
彼の使者はアスラが覚醒するのを待っていたのか、少し間を置いた後に話しかけてきた。
「モコイと……喧騒が、あったと。」
「……聞いたんだ?」
「ああ。」
それで説教でもしに来たのか、と訊ねようとしたが、ふと、彼の側に何時も付き添っている黒猫の姿が無いことに気づいた。
「……ゴウトは?」
「仲魔たちに、質疑している。俺は……アスラの口より語られるものを、知る為に。」
成程。
二手に分かれて情報収集か。
(そうだよな。ライドウは、常に理に適った行動をするもんな。)
知らず、軽蔑したような笑みを浮かべていることにアスラ自身は気づいていない。
ライドウはそんな彼の口元に現れている嘲弄を見据えながら、静かに呟いた。

「……不相応、だ。」
「……何だって?」
怪訝そうに、というよりは酷く不愉快だという顔をして睨むアスラに、彼の書生は無表情のまま、抑揚の無い声で続ける。
「……歪曲なる笑みは……似つかわしく、無い。」
「……何が言いたい。」
ちりちりと気分がささくれ立つ。
ライドウの言葉が分かり辛いのは当に分かりきっていたというのに、今この時はどうにも不愉快で仕方が無かった。
氷の声は尚も言葉を紡ぐ。
「アスラは、強くなった。だが……その表情だけは、宜しく……ない。」
「俺の顔が気に入らないって言ってるのか? そんな、今更……!」
「――否。造形、ではない。……影は、アスラに……似合わない。」
「……だから! ライドウは何が言いたいんだよ!」
一言一言が端的で、曖昧で、煩わしい言葉の羅列。
なのに、心を揺さぶる「何か」があって、聞いてしまう引力にアスラは苛立つ。
涼しい顔をして、何もかも分かっているのだという顔をして――けれど、教えてなどくれなくて。

全く。
ああ全く。
嫌になる。

「大体、今回のことは俺が問題で、ライドウには関係ないんだ。傍観してろよ! いつもみたいに!」
「……アスラは、仲間だ。」
「そうだよ。――悪魔のな!」
「否、アスラは――」
妙な焦燥感が胸を掻き立て、ざわつかせ、とにかく冷静ではいられなくて。
「――っ……放っておいてくれって、言ってるだろっ!」
アスラは腕を振り上げ、そしてライドウ目掛けて打ち下ろす。

……無意識だった。何もかもが。


◇  ◇  ◇


「何だ? 何の騒ぎだ。」
少しばかり離れていた間に、何やら一騒動が起こったようだということは、その光景を見た瞬間に分かった。
地面に蹲り、涙で濡れた顔を隠している人修羅。
その片腕を掴み、対峙している書生のこめかみには赤い筋が一つ。
喧嘩……にしては、少々――いや、だいぶ行き過ぎている。
だから、ゴウトは見守るようにして遠巻きにしているアスラの仲魔たちに駆け寄り、質問を投げた。
「おい。何があったんだ。」
「ん……それが、ね……」
頭上で髪を結い上げたアスラの仲魔――確かフトミミといったか――が、困惑した瞳を黒猫に向けて答える。
「私達もよく分からないんだ。君と同じタイミングで駆けつけたから。」
「分からない? 何故だ。お前達は、あいつらの側に居たんだろう?」
「俺らが駆けつけた時には、既に、あーなってたんだよ。」
言葉を引き継いだのは、血痕の付いた衣服が印象的な仲魔、サカハギだった。
「アスラが仮眠するっつーんで、向こうに行ったんだよ。んで、しばらくしたらライドウの野郎が近づいてってな。」
「ああ、モコイとのことを聞く為か。――それで?」
「あー、どうだったかな。俺も遠巻きに何気なく見てただけだからよぉ。」
意外なことに、彼はフトミミよりも誰よりも、状況に詳しかった。
ゴウトの追究に、サカハギは唸りながら頬を掻いた。説明が面倒なのだろうが、それでも顰める顔とは裏腹に、生真面目に答える。
「最初は、何つーかフツーに話し合いっぽかったんだけどよ。それが、段々アスラの声が大きくなってってな――言い争い? みてーになって……つーか、もっぱら叫んでたのはアスラだったけどな。」
サカハギが、見たままの光景を語る。

アスラが何事かを叫んでいた。台詞は聞き取れない。
ライドウは聞き役に徹しているつもりなのか、唯黙ってそれを眺めていた。
不意に、アスラがライドウを殴った――と、思う。とにかくサカハギにはそう見えた。
落ちるライドウの学帽。
アスラは尚も何かを叫んでいて、また腕を振り上げ――その腕をライドウが受け止め、何かを耳打ちするように囁き――そこで、漸く喧騒は止んだ。
其処まで語ると、サカハギは眉間に皺を寄せて小さな悪態を零す。

「……ケッ! 全くよぉ。何があった? なんてのは俺が聞きてーっつーの。……アスラが、何で泣いてたのか、とか……よ。」
その場に崩れ落ちるようにして膝を着いたアスラの瞳から涙が落ちるのを、サカハギは見た。
あれは涙だった。
見間違いでなければ……泣いていたのだ。アスラが。
「――と、まあこんな説明だ。分かったかよ、ゴウト?」
「ああ……大よそのことはな。とりあえず、徒事でないのは分かった。」
ゴウトの言葉に、話を聞いていたフトミミも表情に憂いを混ぜて同意する。
「……そうだな。徒事でなさそうなのは分かるんだが――いかんせん、詳細が掴めない。」
それからフトミミはゴウトを見て、苦笑を浮かべる。
「とにかく、私達はこれ以上何かが起きないよう彼らを見張りつつ、ゴウト、君の帰りを待っていたのだよ。生憎と、あの書生をどうにか出来るのは君だけなのだから。」
「成程……分かった。では、俺は俺の役目を果たしてこよう。――おい、七綺!」
黒猫が真名を呼びかけながら彼らに近づけば、ライドウだけが振り向き、口を開いた。

「ゴウト、殿。……おかえり、なさい。」
「帰宅の挨拶はいい。それより、これは一体何事なんだ?」
ゴウトはそう言って、アスラとライドウの二人に視線を交互に投げた。
ライドウは帽子を拾って被り直すと、その庇を押し下げて首を振る。
「さした大事では、無い。」
そう短く答え、ライドウは目を伏せた。側には、地面に座り込んだアスラが無言で涙を拭っている。
そんな二人を見て、ゴウトの口から零れるのは嘆息。
「お前の価値観はともかく、俺の眼には少なくとも大事に見えるがな。……時に七綺。その、こめかみの傷はどうした?」
「これ、は……」
ゴウトの指摘に、ライドウの視線がアスラに留まる。その視線を追いかけたゴウトは、怪我の原因であろうアスラを睨みつける。
ライドウは口を開いたが――しかし、語られたのは真実ではなかった。

「否。……何事も、無い。」
抑揚の無い声で答えると、ライドウはこめかみから流れる血を無造作に拭った。
その反応に、ゴウトは首を傾げる。
――俺に隠し事か、七綺? 
口を噤んだままのアスラも気になったが、しかしゴウトが再度訊ねようと口を開きかけたところに、被さるようにして、声。
「俺が……悪いんだ。全部、俺が。……ごめん、ゴウト。……ライドウ、も。ごめん。本当に……ごめん。」
ようやく口を開いたアスラは謝罪の言葉を繰り返すと、そのまま顔を覆って俯いてしまった。
ライドウがゴウトを振り返り、言う。
「ゴウト殿……幾許かの時間、アスラと……二人きりに、させて欲しい。」
「む? だ、だが――」
「――後ほど、咎は受ける。故に……どうか。ゴウト殿。」
こうなるとライドウは――いいや、七綺は己を曲げない。
ゴウトは降参する。

「やれやれ……分かった。分かったよ七綺。だが、二人きりにして大丈夫なんだな?」
「……ああ。」
「……うむ。じゃあ俺は、アスラの仲魔と共に向こうの方へ行ってるよ。ではな、七綺。」
「……済まない。」
後で理由は聞けるのだろうか。
立ち去りかける間際そっと振り返れば、ライドウがアスラの傍らに膝を付いて、何事か話しかけてるような姿が見えた。