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もこもこモコイ

21.Genocider smile

ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle


「人修羅くんのオバカーあぁぁぁ!」

悪魔が、子供のように泣き叫んでいた。
ぼろぼろと涙を流しながら、ばしばしと殴りつけてくるその腕はもうボロボロだというのに、それでも頬や胸元のあちこちに、振り回す腕がぶつかってくる。
痛みは、あまり無かった。
万能のマガタマであるマサカドゥスの御蔭か、それとも自分が悪魔に近づいている証拠なのだろうか。

「ばかー! おばかーーー!」
そんなに泣くなよウルサイな。
ほら、もう殴るの止めろよ。血が出てるぞ。止めろって。
幾ら俺を殴ったって、お前が傷付くだけなんだから。

「ずっと一緒に居るって言ったデショー! ボクのこと無視なんて、そんな人修羅くんなんかベリーベリー不幸になっちゃえばいいんだーー!」
もう……とっくに不幸だよ。


◇  ◇  ◇


――そこで、夢は覚めた。
じゃらり、と重い金属音。見れば、自分の腕に金属の拘束具が架せられている。
冷たい鎖。
どこに繋がっているのだろうと眼で追えば、ふと視線の先に男が一人いるのに気づいた。

「お目覚めのようだね。気分はいかがかな、少年?」
「ははっ……最、悪。」
意識を取り戻して第一に見るものが氷川の高圧的な微笑だった為か、アスラは相手に合わせるかのように冷めた眼差しを向けて冷笑した。
それから周囲をぐるりと見回し、尋ね返す。
「……ここは?」
「私の新しい拠点だ。……前のニヒロ機構は、何者かによって破壊されてしまったからね。」
「危ない奴もいるもんだ。ご愁傷様。」
「く……はははっ! 白々しく言いのけてくれる。相変わらずだな、君は。」
氷川は近づいてくると、無遠慮にアスラの顎を掴んで持ち上げた。
じゃらり、と鎖が揺れる。
「しかしまあ、随分と強くなったみたいじゃないか。覚えていないのだろうが、君を捕らえるのに私の部下が十数名ほど殺られたのだよ。」
辛辣な氷川の言葉に、しかしアスラは肩を竦めて。
「さっぱり覚えが無いな。それに、俺にちょっかいかけてくる方が悪いだろ。」
「ククッ……強気だな。」
妙に冷静で冷笑的なアスラの態度に、氷川は目を細める。

――彼はこんなニンゲンだったか? 
浮かんだ疑問は、しかし直ぐに消え失せた。
氷川はアスラの顎を掴んだままぐいと顔を近づけると、更に質問を続ける。

「少年。なぜ君はいま、独りなのだ? 何かの罠か? 他に仲魔が居るのだろう?」
「……それくらい自分で調べてみたらどうなんだ。頭脳戦は得意だろ、ニヒロ機構の創設者さん?」
「調べた上で謎があるから問い掛けているのだよ。尤も……近辺に君の仲魔がいれば、即刻捕らえて吐かせるのだけれどね。」
氷川がそんな台詞を口にした次の瞬間、アスラの表情が変わった。
「俺の仲魔に何かしたら、ただじゃおかない。」
「……ほう? どうなるというのだね。」
気配の変化に気づいた氷川が問えば、アスラは射抜くような視線を向けて。

「殺す。――俺が、確実に……殺してやる。」

じゃら、と鎖の擦れる音がした。
氷川がそちらに視線を向ければ、アスラの指先から禍々しい爪が伸びているのに気づく。
悪魔の爪。
禍々しき切っ先が身構えて。
恐れずに立ち向かおうとした、あの時――まだヒトで居たアスラが、其処に重なる。
堪らず、氷川は哄笑した。

「ふ、ふふふ……ははははは! これは面白い! 鎖に繋がれて身動きも適わぬ状態で、よくもまあそこまで強気でいれるものだ!」
「虚勢かどうか……試してみるか?」
そう言って微笑むアスラの瞳は、血のように赤く、闇よりも深い色をしていた。
「……。」
氷川は沈黙すると、最早アスラから手を離し、距離を置いた上で言い返す。
「もう暫く、ゆっくりしていくといい。何のもてなしも出来ないけれどね。」
それだけを告げると、氷川は部屋の外へと出て行ってしまった。
がちゃりと重々しく扉が閉められ、アスラの周囲を闇が包みこむ。

「……あーあ。疲れた。」
アスラは唐突に、つまらなそうな声音で呟くと、四肢から力を抜いて天井を仰いだ。
ここは暗いが、今更に闇を恐れるほど弱くもない。
もう自分はヒトではないのだから、怖いものなどすっかり無くなっている筈なのだ。
「フトミミとサカハギ、どうしてるかな。今頃、俺のこと探してるんだろうなぁ……」
正座で説教か。
足が痺れるだろうなぁ。
「でも、ライドウが冷静だから……まあ……その辺は大丈夫か。」
冷静沈着なデビルサマナーは、きっと自分なんかより上手く仲魔を纏めてくれることだろう。
ゴウトからの説教を代償にした上でのことになるかもしれないが、それでも――構わない。

「……。あいつは……どうかな。」
緑の身体とガラス玉のような大きな瞳が、アスラの脳裏を過ぎる。
「また、泣いてるんじゃないだろな……――馬鹿だな、俺なんかの為に。」
アスラは目を閉じると、静かに言葉を零す。

「泣くなよ、モコイ。……こんな奴の為に、馬鹿みたいに……泣くな。」
その声は震えていたが、けれど暗闇の中では誰にも届かず、空しい独り言にしかならなかった。