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もこもこモコイ

22.目覚めた後に

ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle


膝の上。
傍若無人に眠るは緑色の悪魔。
「むにゃむにゃ……むふー……人修羅くんー……むにゃ。」
「おいモコイ! 涎! 涎が垂れてるから!」
「ドゥフフフ……お尻が……べりキュート……褌……むふ~……」
「……。よりにもよって、あの時の夢かよ!? この……っ!」
「ベリーラヴっスよ~……好きー……ラブなのー……、……修羅、く……」
「……はぁ。悪魔ってこんなのばっかりか?」
ため息混じりに吐き零すも、けれど涎の出掛かっている口元をそっと拭いとってやるその顔は、苦笑交じりながらも柔らかい表情でいる。
アスラは、痺れだした足をそっと組み替えながら、モコイの頬を軽く突付いてみた。
すれば、眠ったままのモコイが、突付いた箇所に手を伸ばしてぽりぽりと掻く。
悪魔らしからぬその姿に、微苦笑するアスラ。
そっとモコイの頭を撫でると、小さな声で呟いた。

「俺も好きだぞ、モコイ。」
その言葉を切っ掛けにしたかのように、辺りの光景が――夢が、歪む。

「――っ!? ひとしゅらくん?」
モコイは、ハッと跳ね起きた。
いつの間にか世界が変じている。
靄ばかりが漂い、何処までも白く――先が見えなくなっていた。
前が見えず、道も見えず。
「人修羅くん? ドコっスか? 人修羅くーん!」
その世界は音が無く、ただひたすら駆ける自分の足音だけが響いていた。
その時、目の前に朧げに揺れる人影らしきものが出現する。
モコイは、それが何か分かっていた。
だからこそ、ずっと追いかけていたのだ。

「待って……待って!」
走りながら叫び、呼び止めようとするも、影はただゆっくりと遠ざかっていくばかり。
「……ウェイト、なの……。……ねぇ、……待って、ヨ……」
ぜいぜいと息が上がり、足が重くなる。
もう走れない。
いいや、まだまだ。
「お願イ、行かないデ……ボクが、悪かったっスから……ソーリー、なの……!」
白い靄の向こう、ずっと遠くに人影が消えていく。
モコイはガクガクとした足を引き摺り、それでも影を追いかける。
やがて息切れし、立ち止まり、その場にガクリと崩れ落ちてしまった。
それでも顔を上げると、痛む喉から声を振り絞りつつ、叫ぶのは慟哭。

「ひとりで行かないでヨ、人修羅くん――……!」


◇  ◇  ◇


そこで、本当に夢が覚めた。
そして今見ていたものが悪夢だと分かり、泣きそうになる。
背中の温もりも、声も、微笑も。

みんな、全部、夢だった。

「うぇ……っ……ひ、と……修羅、くん? ……――人修羅くん!」
見回せども、彼の姿は何処にも無い。
涙を拭いながら身体を起こす。その際、地面に手を付けば、ふと覚える違和感。
「……アレ?」
見れば、手に布が巻きつけられていた。
規則正しい縦縞が入ったそれは、マネカタと呼ばれる者たちが身に付けている服と同じもの。
「ナニこれ? 包帯? でも、何でこんなものが――……アッ!」
そこでモコイは、目を覚ます前にあった出来事を思い出した。

そうだ、自分は人修羅と喧嘩をしたのだ。
喧嘩とは言っても、モコイが一方的にアスラを殴っていただけ。
相手が反撃も何もしてこないことが、余計に悲しくて……辛くて。
だから、ひたすら殴り続けた。

めちゃくちゃに。
がむしゃらに。
泣いたせいか疲れたせいか、それともその両方か。
何時の間にやら自分は気を失ってしまったらしい。

「その割には痛くないっスねー……ドシテ?」
包帯に目を留めながら、モコイは呟いた。
布を引っ張りながら考えるのは、無痛の謎について。
あれだけ振り回した腕も、あれだけ叩き付けた手も、何処にも怪我は無く。
「ボクってこんな頑丈だったカシラ。」
その時、ふっと脳裏を過ぎる誰かの笑顔。

『モコイ。』

「……人修羅くん?」
そういえば、とモコイは思い出す。
アスラがディアラハンを習得していたことを。
どんどん強大な力を新しく得ていく中でも、それだけは身に留めたまま。
仲魔の誰をも癒せるようにと、ずっと手離さないでいた能力。
優しい、力。
「……ふぇ……人修羅くん……。」
モコイはアスラに散々辛いことを言ったというのに。
理不尽なまでに酷く殴りかかったというのに。
それなのに、アスラはモコイの身体を癒した。癒してくれた。
大きな瞳に、大粒の涙が込み上げる。

「ボクが、お馬鹿だったスね……うぅ……ソーリーなのー……。」
手のひらを見つめながら、一人えぐえぐと泣くモコイ。
アスラに会って、謝ろうと思った。
勝手なことを言って、悪かったと。
アスラに起きたこれまでのことを、よくよく考えればモコイはまだ何も聞いていなかったのだ。
モコイは立ち上がると、アスラを探した。
ゴメンナサイと言いたかった。
勝手なことを言って「ゴメンナサイ」と。
それから、「アリガトウ」とも。
そうやってきちんと謝れば、きっと仲直りしてくれるはずだ。

「ちゅーしたら機嫌直してくれるっスかねー……。」
そんなことを呟きながら、モコイは仲魔たちが居る場所へと歩いていく。
そしていつものように、あの温かな背中に抱きつき、話を聞かせてくれるようオネダリの一つでもしようかと考えた。

――そんな、時だった。
少し離れた向こうのほうで、何やらざわめきが起きているのに気づいた。

「アラマ。どしたのカシラ。」
アスラが仲魔と何か話しているのだと思ったモコイは、早速そちらの方へ走っていく。
しかし辿り着いた其処にアスラは居らず、それどころか悲しい事態が起きていることをモコイが知るのは、それから直ぐ後のこと。

サカハギから事情を聞かされ、そうしてまた涙が流されるのは――この少し先のこと。