もこもこモコイ
23.氷君の慰め
ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle
――アスラが行方不明になった。
初めは、どこかを散歩しているのだと思っていた。何故なら彼、アスラは時々、一人で行動することがあるからだ。
しかし何時まで経っても帰ってくる様子もなく、また誰も伝言すら聞いていないことが分かったところで、ようやくちょっとした騒ぎになったのだ。
が……遅すぎた。
仲魔たちは集い、異世界の書生と黒猫も輪に加えて話を突き詰めたところ、最近アスラの様子がおかしかったことが先ず議題の要点として上がった。
となれば、事態はもう少し深刻なのではないか?
――と、ここまで話が進んだところで、皆がどよめき、全員で捜索しだしたのだが……そこから先は、あまり芳しいものではなかった。
先ず、彼がどこへ行ったのか見当がつかないのだ。
何処も彼処も人気がなく娯楽もないこの世界には、アスラの好むような場所は無い。
何処へ行った?
何処に消えた?
どうして何も言わずに――独りで……。
仲魔たちは焦り、困惑し、それぞれに話し合うも答えが出ない。
手段も考え付かず、ざわつきが大きくなり始めたその時――誰かが、言った。
「気配を探れないか、七綺?」
それは黒猫の声だった。
皆の視線が、名指しされた相手に集中する。
自分が指名されることをある程度は想定していたのか、常日頃において寡黙な書生は、僅かに首を傾げると、無表情のままに答えた。
「……気配を辿ることは、然したる難では無い、が……」
「が……――何だ?」
「大勢での行動は、衆目を……引きつける。……そうしたいので、あれば。」
ライドウの指摘に、黒猫――ゴウトが、少し難しい顔をする。
「ああ、そうか……そうだな――ふむ。」
「アスラは私達の要だから、他の勢力に彼が独りで行動していることを気取られるのは拙いね。」
そう口を挟んだのはフトミミだった。
それにサカハギが頷いて同調し、会話に入る。
「アイツは敵も多いからな。……つーか、多いっつっても、勢力は三つだけなんだけどよ。」
――勢力。
それは、この世界に於いて「コトワリ」という力を啓く事の出来た者が率いる軍勢のことである。
一つはヨスガ。
一つはシジマ。
一つはムスビ。
この中にはかつてアスラの親友だった者たちも居るが、アスラが同意や追従をしなかった為に、今は敵となっている。
……そして、手を携える機会は、もう無い。
「さて、どうしようか。何処から探す?」
「そう急くな。まだ案が纏まっていない。」
行動を起こそうとしたフトミミに、ゴウトが首を捻って「待った」を掛けた。
そして仲魔たちを見回し、凛とした声で言う。
「先ずは、アスラが何処に居るか絞り込もう。状況によっては、大人数でどうにかせねばならんかもしれんからな。」
そこまで言うと、ゴウトは再びライドウを振り仰ぐ。
緑瞳に映る書生はいつも通りの無表情でいたが、ゴウトの指示を待っているように見えた。
――アスラが心配か? そうだとしたら、少し嬉しく――少し、嫉妬するのだけれど。
いやいや不謹慎な喜びだ。今は横へ置いておこう。
平静さを努め、ゴウトは問う。
「七綺、アスラの居場所が解るか?」
「……ああ。気配を、追いかける。……ゴウト殿。暫しの刻、貴方は彼らと共に……待機を。」
「そうだな。その間、俺たちは俺たちで策を練ろう。七綺、判明したら先ずは戻って来いよ。一人で行動するな。……良いな?」
ライドウは頷いて一礼すると、さっと踵を返すなり向こうのほうへ駆け出していった。
足音無く通りの薄闇に消えるように姿を消した影を見て、誰かが言う。
「ほんと、隠密型だよな、アイツ。」
無音の動作に慣れているゴウトは、苦笑を浮かべただけだった。
◇ ◇ ◇
それから、少しして。
帰還したライドウが彼らに伝えたのは、「アスラはシジマに居る」とのことだった。
「それは……主がシジマに寝返った、ということでしょうか?」
ライドウの端的な物言いに眉を顰めたのは、アスラの仲魔であるクーフーリン。甲冑に身を包んだ彼は、まるで敵を見るような目つきでライドウを睨んだ。
アスラを侮辱されたと思ったのだろう。忠誠心が高いと、こうした勘違いがある。
ゴウトは遠昔を懐かしみながら、ライドウの代わりに説明する。
「待て。七綺は事実を語ったまでだ。それに、アイツは俺たちをこんな形で今更に裏切るような奴か? 違うだろう。」
「そう、ですが……いま、ライドウが――」
「こうは考えられんか? ――アスラは捕虜になっている、と。」
ゴウトの言葉に、仲魔が息を飲む。
絶望の色すら漂いかけたその中で、ライドウが静かな声で言葉を繋げた。
「アスラは、生きて在る。……しかし、平穏無事……ということは、ない。」
「オイオイオイ、物騒だな。それはどういうことだよ?」
気色ばんだサカハギが、思わず大きな声を上げた。
強張った仲魔の視線が己に集まるのにも構わず、彼の書生は氷の声のままに告げる。
「禍々しき気……血の漂香。死の気配が、在った。あれらは――屠殺が跡に、生じるもの。」
「血……!? ――死……!?」
その一言に、皆がギクリとした。
最悪の結末を想像したのだろう、青褪め、押し黙る。そんな彼らを見て、無表情な書生が告げるのは言葉の続き。
「残香は、不穏。だが……アスラは、生きて在る。――ゴウト殿、指揮を。」
「あ……ああ、そうか……そうだな! よし、じゃあ打ち合わせに入るとするか。」
ライドウが繰り返した言葉は静かながらも何処か安心させるものでいたので、正気に返ったゴウトが先ず声を張り上げて仲魔を集う。
――アスラは生きている。
ならば、助けに行こう。
ならば、迎えに行こう。
ゴウトとライドウを中心に、彼らは円座を組んで作戦を打ちたてていく――。
◇ ◇ ◇
「うっ……うぅっ……ひっく……人修羅、く……」
彼らより少し離れた片隅で、その悪魔は泣いていた。
作戦会議にも参加せず、力無く座り込み、ひたすら地面に潤いを与えている。
そこに、ふと影が差した。
頭上より降るは氷の声。
「……何時までそうして在る気だ。」
「何スか……ひっく……そっと、しといてヨー……」
その悪魔は涙目でライドウを見上げると、恨めしげにジロリと睨んだ。
この者くらいだろう、彼の書生にこういう態度をとるのは。
しかし、ライドウもライドウで、悪魔――モコイのそんな反応に、気分を害した様子は特に無い。
基より、この書生は感情の起伏が極端に小さい。
いつもの無表情を崩さず、冷たい眼差しでモコイを見下ろすと、ただ静かに反論する。
「……策も聞かず、落涙に興じている。それで……アスラが助かるのか。」
「えぐっ……冷たいっスね、サマナーくんは……ひっく」
「俺では、慰めの対象に値しない。……お前の望みは、俺ではない。」
「それでも……それでも、こういう時にはヨシヨシ、とか、するもん……ひくっ、デショー。」
「……お前の表現は、理解出来ない、が――」
ライドウは僅かに身動ぎすると、外套の下から手を伸ばした。
そして、そっとモコイの頭に触れてみせながら、言う。
「……これで、いいか。」
ぎこちない手つき。撫でるというよりは触れているという感じだ。
モコイは、笑う。
「不器用っスねーサマナーくんは……デモ……うん。サンキュー、っス。」
そう言ってモコイはグシグシと涙を拭うと、身を屈めて此方を見詰めているライドウを見上げた。
ガラス玉のような瞳を向け、その口から吐き出すのはもう泣き言ではない。
「……ボク、今からでもダイジョーブ?」
今から作戦に参加しても――?
何処か恐る恐るといった態度で問い掛けたモコイに、ライドウは頷く。
「ああ。――構わないだろうか、ゴウト殿。」
ライドウが一瞥した先に、何時の間に遣って来たのか黒猫が一匹が居た。
ゴウトはやれやれバレていたかといった風に首を振りつつも、口端に柔らかな笑みを浮かべて答えを返す。
「真面目にするんだったらな。……何にせよ、アスラの不在は捨ておけん。」
「……感謝を。」
承諾の許可にライドウが微笑し、それからモコイを見て告げる。
「では、同行する仲魔を選べ。用意が出来次第――出立だ。」
「ラジャーっス!」
ビシ、と敬礼の形をとるなり駆け出したモコイの視線の先には、様子を見守っていた仲魔たちが居た。モコイを囲み、背中を叩き、笑い合う。
「くっ……ハハッ。」
その光景を眺めていたゴウトが、不意に笑った。
ライドウが何事かと無言の視線を向ければ、ゴウトはくつくつと笑いながら言う。
「いや、なに……少しの間は静かで良かったんだがな。……まあ、あのほうがアイツらしいが。」
そこまで言うと隣の書生を見上げ、目を細めて言い繋ぐ。
「しかし……驚いたぞ七綺。よもや、お前自らが助勢を切り出すとはな。何だ、モコイの涙に打たれたか? それとも、アスラへの義理か?」
「――否。ただ……」
「ただ?」
「貴方も、アスラのように行方知れずとなれば……俺も、悲、しい、と。」
「……。そうか。……ああ、そうだな。」
そう言ってくれるか。
――そうだな、悲しいな。
「有難う、七綺。」
ライドウの足に身を摺り寄せると、ゴウトは褒めるようにそこに尻尾を絡め、目を閉じた。