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もこもこモコイ

35.トモダチ

ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle


「人修羅くん、コレも買っテコレも!」
「それはもう余るほどあるって言って――あ、こら! カゴに詰めるな! 棚に戻せ、棚に!」

アサクサの道具屋。
この静寂の世界、彼らは何時でも何処でもとかく賑やかである。――それも他に騒ぐものが無いせいなのだが、今は全てを忘れておこう。
「お得意様はキミ達くらいしか居ないから、安くするよ。」
アサクサのアイテムショップにて。
マネカタが、カウンターの上に載せた品物を一つ一つ丁寧に紙袋へと入れている。
穏やかな刻。
会計が終わるまでこのガラクタ集めのマネカタと談笑するのが、目下アスラのお気に入りの時間となっている。
「いつも悪いな。あ、そっちのは別々に分けてくれ。俺だけの分じゃないんで。」
「うん、分かった。じゃあ、袋の色を変えておくよ。分かりやすいだろう?」
「あ、助かる!」
「ふふ……これくらいはサービスしておかなきゃね。ああ、でも……」
マネカタはそこで袋に落としていた視線を上げると、アスラの背後を見つめて。

「……あまり暴れないでくれると、助かる、かな。」
「――え? あ……っ!」
微苦笑と共に受けた優しい声音の勧告に、アスラは背後を振り返った。すれば、そこで商品棚の所にてチャクラドロップを勝手に「詰め放題」にしていたモコイを見つける。
「コラッ! 馬鹿モコイ!」
アスラは腕を伸ばし、その緑の首根っこをむんずと掴まえて捕獲すると、マネカタを振り向いて両手を合わせた。
「悪い! ほんとゴメン! そうだよな、品物が壊れたら売り物にならないもんな。――ほら、モコイ。」
言って、モコイをひょいと首の後ろに乗せた。
モコイは、あきゃーと笑いながらアスラにひしとしがみ付く。それは実に自然な動作で、まるで初めから彼らは共に行動しているように見えた。
ガラクタ集めのマネカタが、笑う。
「ふふ……そういえば、最近の君はその悪魔と一緒に居るね。見慣れないけれど……ドコの、悪魔なんだい?」
「ドコ? ……ああ。シジマとか、そういうのって意味か。」
カウンターの上に代金分のマッカを並べていたアスラが、その質問に苦笑する。
コトワリの勢力ではないのだけれど――そこでアスラはちらと肩越しに背後を一瞥した。目が合ったモコイがドゥフフと笑いかけてきたが、それは一先ず無視しておいてマネカタに向き直る。
言っても良いものか、少し迷った。
だが大丈夫だろう。アスラは彼に真実を告げる。

「実は、こいつは異世界から来たんだ。デビルサマナーってのが、本当の主。」
「デビル、サマナー?」
「うん。覚えてないかな? ほら、この間、俺と一緒に来たヒト。あれが、そう。」
「……、……ああ。彼、か。」
「……?」
一瞬、マネカタが動きを止めたように見えた。
気のせいだったかもしれないが、ほんの僅か、今……怯えた、ような? 
「ネー人修羅くん! チャクラドロップもう一個買っテー!」
「わ、こら髪を引っ張るな! ……会計の途中、悪い。チャクラドロップ、もう一個追加で。」
思考が一時中断されたアスラは手早く望みを聞き入れてやると、それをモコイに渡した。
「さっすがボクのらばー!」
モコイはキャーと声を上げると、その紙包みを抱えるなり店から出て行ってしまった。多分、自慢でもする為に早々に仲魔の元へと戻ったのだろう。
アスラはこめかみを押さえる。はしゃぎすぎて、ゴウトと喧嘩にならなければ良いが、と思った。

「……ねぇ、アスラくん。」
「ん?」
他の荷物を置き去りにしてくれたモコイに呆れつつ、店を出ようとした時だった。
マネカタに呼び止められて、アスラは振り返る。
「何? ――あ、チケット貯まった?」
千マッカ以上お買い上げで漏れなく一枚発行されるチケットは、十枚で一回、豪華な景品と交換できるサービスだった。
そのことで呼び止められたのかと思ったので、アスラは嬉々とした足取りで近づいたのだが――しかし、マネカタの表情を見て、違うのだと察した。
少し顔を伏せたマネカタが、控えめに口を開く。
「あのね。さっきのヒト、のことなんだけど。」
「……ヒト?」
「うん。ええと……デビルサマナー、さん? ほら、黒尽くめの、ヒト。時々、君と一緒に居る、ヒト。」
「黒……あー、ライドウ?」
「うん、そう。」
葛葉ライドウ――異世界のデビルサマーである彼の書生は、非常に寡黙な人物だ。
彼は自ら語ることは少なく、気配どころか音すらも立てずに行動するものだから、何時の間にか背後に居た、などが多くある。アスラも、最初の頃は何度驚かされたことか。

「ライドウがどうかしたのか?」
アスラは訊ねる。
このマネカタも、驚かされたことがあるのかもしれない。なにせ時々はアスラの買い物に同行しているのだから。
そして彼の書生は、興味を抱かずにはいられない存在だ。
学帽の下から僅かに覗く玲瓏たる美貌。冷気にも近い雰囲気を漂わせている為に容易く近づけはしないが、片鱗に触れればたちどころに虜になるだろう。
「気になるのか?」
良かったらまた連れてくるけど――と言おうとしたアスラだったが、それよりも早くにマネカタがひっそりとした声で言った。

「あのヒト、は……大丈夫、なのかい?」
「……え?」
返された言葉は、アスラが想定したものではなかった。


◇  ◇  ◇


その影は、全ての気配を絶って其処に佇んでいた。
扉に浮き出た白い菱形の文様を、無表情に見つめている。ぼうとした微光が浮かび上がらせる彼の横顔は美しいが、整いすぎているが為に恐ろしく見えた。
ドアの外。
外壁一枚を隔てた向こうから微かな会話の断片が零れてくるのが聞こえ、前に踏み出そうとした足を引く。
沈黙を保ち、中へは入ろうとしない。


◇  ◇  ◇


「大丈夫って……何が? ライドウの体調とか、そういうのか?」
マネカタの質問に、アスラは首を傾げる。
彼の書生の肌の白さは美しさを際立たせているが、時折青褪めてさえ見えることがある。
だからアスラは、マネカタがライドウを心配してくれているのかと思ったのだ。
しかし、マネカタはまるで祈るように胸の前で指先を組み合わせると、緩やかに首を振った。
項垂れるようにして、言葉を紡ぐ。
「その……ボクには、アレがヒトだとは、到底……思えない。」
「え、と……」
アスラは困惑する。抱えていた荷物を一旦カウンターの上に置くと、マネカタの顔を下から覗き込むようにして訪ねてみた。
「……ライドウが何かしたのか?」
「いいや……何も。」
その言葉を聞いて、アスラは安堵した。
勿論、ライドウが自分の知らないところで暴力を働いているとは微塵も考えていない。ライドウについてはまだ知らないことが多くあるが、それでもアスラはライドウを信頼しているのだ。
狂気に堕ちかけた自分を救ってくれた、ヒトだから。

「ライドウは良いヒトだよ。」
自然と、そんな言葉がついて出た。
顔を上げたマネカタは、アスラの顔に浮かんだ苦笑を見る。
少し寂しげな微笑。その意味に気づいたマネカタは慌て、違うんだよとばかりに手を振った。
「ゴメン! 君は、彼とは仲魔だったよね。」
酷い言葉で君と彼を侮辱するつもりは無かったんだ、と頭を下げたマネカタに、アスラが苦笑しながら頷く。
「はは……分かってるよ。でも、ライドウはヒトだよ。俺と違って、確かなヒトだ。」
「そうだね。……彼のことを語る、君の顔を見ていれば解かるよ。……大切な仲魔、なんだね。」
「んー仲魔……って言っていいのかなぁ。」
今度はアスラが口篭る番だった。
天井に視線を投げ、唸り、考え考え、言葉を吐く。
「こういったら生意気なのかもしれないんだけどさ――」
生意気どころか身の程知らずかも知れない、と思いながらも、アスラは正直に言った。

「ライドウは――友達、なんだ。」
少し照れ臭かった。
いいやそれどころか、実際に言葉にするとこうも恥ずかしくなるとは。

「……くはー。」
格好を付けすぎたか。
急激に上昇する体温に気付いて片手で顔を覆い隠すも、遅かった。
「あはは。顔が真っ赤だよ、アスラくん。」
「いや……うん、想像以上で。」
「そうだね。言葉の魔力は、凄いね。」
「ほんと、実感した。まあ……俺が勝手に思ってるだけだし? 良いよな、友達って思ってても。」
「君らしい考えで、僕は好きだよ。」
「だろ? 俺っぽいコトワリだろ。」
「うん。そうだね。君っぽい。」
優しくも気軽な同意に、アスラの照れ臭さが吹き飛ぶ。このマネカタの、こういうところが好きなのだ。
あははと笑いあい、疑問も解決してすっきりしたところで再び荷物を取り上げて出入り口へと向かう。

「俺は悪魔だけど、デビルサマナーのライドウが嫌いじゃないんだ。」
ドアの前で振り返り、マネカタを見て笑う。
「不思議だろ? 何でだろうな。」
「仲魔、じゃなくてニンゲンの友達のヒト、だからだね。」
「そう。トモダチ、だから。」
笑いながらドアを開けるアスラの背に、マネカタの声が飛ぶ。

「今の君はとても綺麗に笑っているよ、アスラくん。」
その言葉に、アスラがちょっとだけ肩を竦めた。
「あはは。綺麗かどうかはともかく、ありがとう。――じゃあ、また来るから。」
「うん。待ってるよ。」
お互いに笑って、そこで別れる。
今日は良い買い物をしたな、と思った。


◇  ◇  ◇


通りの物陰に、彼の書生はひっそりと佇んでいた。
「とも……だ、ち……。」
壁越しに聞こえたアスラの言葉を思い出し、抑揚の無い声でなぞり上げる。
ともだち。
親しい人間との関係性を示す俗称、だったろうか。
トモダチ。
己が世界の学び舎にて会う同輩とは……違う? 

ああ、アスラは違う。
あれは此方を恐れない。
昔は怯えていたが――有無も言わさず殺そうとしていたのだから、警戒されるのも当たり前だったが――それも今は変わり、普通に接してくるようになった。
普通に、話しかけてくる。
ゴウトのように、鳴海のように。
何とはなしに、笑いかけてくる。
憐憫でも嘲笑でもなく。

――友達。

「重……っ。あー、ちょっと買いすぎたかも。」
声が聞こえたので顔を上げれば、丁度アスラが店から出てきたところだった。
相手は両手一杯の荷物に夢中で、ライドウにはまだ気付いていない。足取りがなんだか不安定なのは、抱え込みすぎていて視界が不明瞭になっているからだろう。
「……アスラ。」
ライドウは名を呟き、陰から足を踏み出した。
あのままでは危ない、と思ったのか足音無く近づくその歩行はいつもより素早い。

「――アスラ。」
「ん?」
二度目に名前を呼んだところで、やっと相手が気付いて足を止めた。
「ああ、ライドウか。」
振り向いた少年が、穏やかに応じる。警戒無く、柔らかに笑って。
「何だ。迎えに来てくれたのか?」
言いながらよたよたと近づいて来ようとするので、それより早くにライドウが駆け寄った。
「……荷、が。」
積み重なりすぎている幾つかを取り上げ、同じように抱えた。
アスラはライドウの行動に少し驚いたようだったが、直ぐに意図を悟ったのだろう。再び笑顔になって、言う。
「ん、ありがとう。助かる。」
「……ああ。」
ライドウは、アスラをじっと見つめた。
彼の表情に影は無い。ただ純粋な歓喜を見せて笑っている少年が、そこに居た。
屈託無くライドウに話しかけている姿は、本当に無防備で――ヒトそのもので。

いや。
ヒトであろうとも、アクマであろうとも。

「……アスラは、アスラだ。」
「あはは。何だ突然。」
ライドウの零した言の葉に、少年は不思議そうに首を傾げて苦笑した。
よいしょと荷を抱え直すと、彼の書生と肩を並べて歩き始める。

それはさながら、友達、のように。