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もこもこモコイ

36.トモダチBroken?

ライドウ&ノクターン:Maniax Chronicle


何処も彼処も静かな帰り道を、アスラとライドウは歩いている。
響く靴音は相変わらず一人分しか聞こえないが、語り合う声は二人分あり、一人ではないことを示していた。
それぞれ荷物を抱えているが、襲撃されるほど無警戒でもない。

「買出しはこれくらいで良いよな。足りなかったら、また来れば良いし。」
「ああ。だが……過剰は、あまり宜しく、無い。」
「予算内には収めたって。……まあ、モコイが勝手にカゴに入れた分もあるけど。」
「……不足が、出たか。」
ライドウはアスラに視線を向けた。もし大変な散財となったならば、幾らか代金を支払おうと思ったのだろう。
そっと懐に手を滑らせて財布を取り出そうとしたのに気付いたアスラが、首を振って制する。
「いや、手持ちは充分あるから。良いよ、払わなくて。」
「だが――」
「俺、これでもライドウよりかなり金持ちなんだけど?」
そこでアスラは、不意にニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「十万マッカは大金だったぞ~ライドウ。」
「……ああ。」
ライドウが「そう言えば……」と呟いた。
彼の赤き地の底にて、互いに契約を結ぶ際に”報酬”を賭け事で決めたのだった、ということを思い出したようだ。
「忘れてたのか?」とアスラが苦笑する。
まあ、ライドウは金銭に執着が無いようだからこの反応も当然といえば当然なのだろうが。

裏か表か当てて勝負を決める、というコイントスゲーム。
但し、使用したのはコインではなく何故か麻雀牌で、アスラは「ライドウが麻雀?」と大いに首を傾げたが、疑問は一先ず横へ置き、その勝負を受けることにした。
負ければ一マッカ――ほぼ無報酬に近い金額となる。
アスラは勝って大金を得て、ライドウは負けて大金を失った。――と、そういう結果に落ち着いたのだが、ゴウトが「鳴海に何と言われるか」と渋顔で呟くのが聞こえたので、ライドウの方は後でひと悶着ありそうだった。
そういえば、あの時は特に気にしなかったが、実際のところはどうなのだろう? 
余裕の出来た今、アスラはふと訊ねてみることにした。

「ところでライドウ、手持ちは? 俺、幾らか返すけど?」
歩きながら、アスラは心配そうに相手の顔を覗き込んだ。その瞳は金色で、実に綺麗な色をしている。狂気の色が無ければ、彼の瞳は純粋に美しい。
ひと欠けもしていない、真ん丸い瞳。それは、ライドウが好きな――……。
「……月、だ。」
「へ? つき? って……月賦の?」
突如吐かれた言葉に、アスラはぽかんとした顔になった。
必然的に足が止まる。書生も歩くのを止めたので、アスラの隣に並ぶ格好になった。
ライドウに見つめられたアスラは、脳裏にたくさんの疑問を浮かべる。
空のカグツチを差しているのか? と一瞬ばかり考えた――が、ライドウはアレが月ではないことを理解している筈だ。
この書生は愚かではない。
ならば”月”というのは? 何かの暗喩、もしくは比喩なのか? 
ライドウは、往々にして意味深な言葉を口にすることがある。彼の相棒である黒猫ですら悩ませるような台詞を吐くことがある。
知識を総動員し、考えに考えてからアスラは言ってみた。

「えーと……月賦で返せ、と?」
そんな言葉を返せば、今度はライドウが首を傾げた。
じっとアスラを見つめたその瞳を、すっと細めて。
「……返済は、不要、と――そう、言ってあるが。」
氷の声。
何の感情も無いその瞳の闇色が、濃くなったような気がした。
「え、あ、いや……! き、聞いたけど……さ――」
不正解だったようだ。
アスラは視線を泳がせ、何か話題は無いかと考える。話の矛先が、ライドウの視線が外れる何かを。

「――あ、そうだ。」
目を逸らすつもりは無かったが、アスラはとあることを思い出して自分の抱えている荷物へと視線を落とした。
「ライドウ、これ!」
アスラは荷崩れに気を付けながら一つの包みを見つけ出すと、そっと取り上げたそれをライドウへと差し出した。
ライドウが、これは何だ? とばかりに首を傾げてくる。しかし、アスラはまるで悪戯でも思いついた子供のような笑みを返して開封を促した。
「ま、開けてみれば分かるって。」
「……解した。」
こくりと首肯して、素直にアスラの言葉に従うライドウ。片腕で荷物を支え持ちながら、もう片方の手で包みを開けようとする。
「あ、いや。今すぐじゃなくても――」
器用だなー、と感心しかけたアスラが我に返って声を掛けるも、ライドウは「詮無い」と返し、黙々と包みの中身を取り出した。
「……これは。」
それは、小さな蜻蛉玉だった。薄い紫硝子の中に白い花が咲いており、輪になった紫地の飾り紐に通されて一つの飾りになっている。
ライドウの瞳が丸くなっているのは、驚きからかそれとも蜻蛉玉の美しさに惹かれてか。
足を止め、蜻蛉玉の飾りを見つめる書生は、そのまま石像が如く動かなくなってしまった。


◇  ◇  ◇


「おーい……ライドウ?」
アスラは、その場に立ち止まってしまった書生にそろりと声を掛けてみた。
しかし、ライドウは依然として反応を返してこない。ただただ飾りに視線を注ぎ、瞠目している。
困ったように頬を掻くアスラの顔に、苦笑が浮かぶ。
「あー……そんなにまじまじと見られると困るんだけど。」
そんなことを言えば、そこで相手がゆっくりと視線を向けてきた。
「……目視は、アスラを困却、させるか。」
黒瞳が揺れている。
動揺? ――何故? 
ライドウの反応に、アスラは戸惑う。
もしかして、こういうものは迷惑にしかならないのだろうか? 
「困ってるのは、ライドウなんじゃないか?」
「俺、が。……何故。」
「いや、何か……いま、困ってるみたいに見えるから。」
「……否。困窮は、していない。」
「ん……なら良かった。」
アスラはほっとすると、そこで抱えていた荷物を一度地面に置いた。
ライドウほどに自分は器用じゃないし、この方がずっと話しやすくなるというものだ。手をぶらぶらさせて軽く解しつつ、ライドウに向き直って話し始めた。

「その材料さ、あの店のマネカタから貰ったんだよ。何か、あちこちのガラクタ置き場から見つけたみたいで。」
崩壊する前の世界の遺物は、此処ではとても貴重な品となっている。
ヒトが使用していた貨幣”千円札”などが良い例で、悪魔ですらも興味を覚えて収集している者が居た。
ガラクタ集めのマネカタは、その通名が示す通り”ガラクタ”を集めるのを生業としている。
何処で見つけたのかは知らない。
ただ、アスラに渡したいと思ったのだろう。買い物に訪れたある日、これらの遺物をくれたのだ。
「ちょっと形が歪だけど、綺麗だろ?」
数は少なかったが、欠片であってもアスラには嬉しかった。かつて自分が居た世界の物は、たとえ片鱗であっても充分すぎる思い出なのだから。
「で、蜻蛉玉だけじゃちょっと味気無いかな~と思って、ついでに紐とかも貰って。」
喋りながらポケットをごそごそと探ると、アスラはそこからもう一つ飾りを取り出した。
その蜻蛉玉は青色で、中に黄色い花が咲いている。
アスラはその紐の部分を摘むと、それをゆらゆら揺らしてライドウに見せて言った。

「――というわけで、作ってみましたストラップ!」
えへん! と得意げに。
胸を張ったアスラに、しかしライドウは少しだけ首を傾げ――後、一言。
「スト、ラ……プ、とは。」
「え? ――あー……」
訊ねられて、アスラが苦笑いになる。そういえば彼とは時代が違うのだったということを今更になって思い出したのだ。
こういうものは、ライドウの時代では何になるのだろう? 
アスラは再び考えた。そして再び脳内辞書を総動員して――。
「提げ紐? だっけ。」
などと呟けば、静かな答えが応じた。
「……抱っこ紐、の……同属か。」
「あー、いや……ああ、まあ、うん。それの派生。」
アスラは口を挟みかけた――が、それ以上に上手く説明できる自信は無かった。
ちょっとばかり適当に言ってしまったが、彼は聡明だから大丈夫だろう。多大な間違いでも無いのだし、と言い訳をしながらアスラは続けた。
「んで、取り合えず三個作ってみたのは良いんだけど……こういうの作るのって久し振りだから、ちょっと不恰好になってるんだよソレ。」
だからあまり細かいところまでは見ないでくれよ、恥ずかしいから、と苦笑交じりに説明すれば、ライドウが首を振るのが見えた。
「恥辱、にはならない。……俺は、敬服する。」
見つめるライドウの眼差しが、語る声が、柔らかい。どうやら気に入ってくれたようだ。
「へへ……。あ、一応、ゴウトとモコイのもあるから。赤いのがゴウトで、モコイが緑な。」
「……手間を。済まない。」
「あはは。俺が勝手にしたことだから、謝るなよ。」
何にせよ突き返されなくて良かったと安堵しながら、アスラは自分の蜻蛉玉をポケットに収めた。
そして再び荷物を持ち、「さあ戻ろうかライドウ」――と。

振り返ったそこで、アスラは硬直することになる。


◇  ◇  ◇


自分の足音、気配も含め、相手に悟らせずに接近する。――ライドウという名のデビルサマナーは、そういう人間だった。
失念していた訳ではない。油断でも無い、と……思う。
だが、振り向いた直ぐ後ろに彼は居て――白い指先が自分に伸ばされるのを、アスラは見た。
そして次に、言葉を失うことになる。
引き寄せるようにして背後から抱き締めてきた、ライドウの行動によって。
しかし、言葉が出ないアスラとは違い、ライドウは冷静であるようだった。相手の荷物が潰れぬ力加減で以って、柔らかに、けれど確かな強さで抱き締めてくる。
「……アスラ。」
「……っ!」
不意に、低く艶やかな声が耳朶を打った。首元に掛かる吐息に、アスラは反射的に身を竦ませてしまう。しかし、それはライドウに怯えたからでは決して無い。
残っているせいだ。
卑怯な大人が残した、酷い爪跡が。
「ラ、ライ……、ドウ? ど、どうした……?」
辛うじて出せた声は、震えていなかっただろうか。
そろりと肩越しに一瞥すれば、丁度顔を上げたライドウと視線が合った。相手が口を開き、返事を返す。
「……何も、無い。……いや、在る、といえば……良いのか。」
「ど、どっちだよ。何か……居る、のか?」
敵の気配など無いことなど分かっている上で尚そう訊ねたのは、はぐらかそうとする心理、もしくは――防衛本能、が働いたかもしれなかった。
ライドウが、真っ直ぐにアスラを見つめて答える。
「感謝の意を……知らせようと、した。」
「あ、ああ。うん。き、気に入ってくれたんなら俺も嬉しい、し……うん……。」
「……感謝、して……在る。」
「う、うん? ――っ!?」
アスラの首筋に、滑らかなものが触れた。ライドウの唇だと気付いたのは、吐息の感触があったからだ。
「ライドウ? ……ライドウ、感謝の気持ちは充分伝わったから。だ、だから、もう良いって!」
「……感謝、と……それと……別の、想いが……アスラ、に。」
抱き締める腕に力が籠もった気がして息を飲めば、静かな声が言葉を紡いだ。

「アスラが……好き、だ。」
「なっ――……!」
端的ながらもそれは実に明確であり、意味を取り違えようも無い告白であった。
アスラは息を詰めたまま動かず、手にした荷物に視線を移してひたすら己に言い聞かせる。
(落ち着け……落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。)
バクバクし始めた心臓の音を意識しながら、アスラは迷走する思考を鎮めようとした。
ライドウは感情を表す際、慣れていないのもあってかどれもが小さな子供が見せるものと良く似ている。
拙い、というよりも純粋なのだろう。下心など委細無く素直に表現するから、こうなるのだ。

だから。
だから。
この抱擁に特別な意味は無く。
ただ。
ただ。
感謝の気持ちを伝えているだけなのだ。
けれど、不意に――とある台詞が、脳裏を過ぎった。

『だいたい、ライドウが俺に迫ってどうするんだよ。』
それは、アスラがモコイに言った台詞だった。
ライドウは男で、アスラも男だ。――「ライドウはトモダチなんだ」と、ガラクタ集めのマネカタに言った言葉を思い出す。
”告げておくべきだ”と、アスラの心に進言するものがあった。

「お、俺も……ライドウは、好きだぞ?」
ライドウが顔を上げた。強い闇色の瞳は全てを飲み込むようで、受け入れてしまいそうになる。
アスラはさり気無く目を逸らして一度深呼吸すると、再びライドウを見つめて続けた。

「だって俺たち、トモダチ……だもんな?」
「……。」
しいんとした空間に、ソレは実に良く響いた。
横たわる静寂。
止まる時間。
やがて、ライドウが――こくりと、頷く。

「そう、だな……トモダチ、だ。」
ポツリと呟いて離れたライドウは、顔を伏せてしまった為に表情が窺えない。
「ライドウ……。」
何処か途方に暮れたようなその姿にアスラは戸惑い、大丈夫かと声を掛けようとして――。

「ひーとーしゅーらーくーーん。帰ってきたッスかーーー!」
通りの奥から響いてきた姦しい声に、アスラの視線は一瞬そちらへ映る。すれば、駆けてくる緑の物体が見えた。
少し後方に、黒い塊。あれはゴウトだろう。
「ライドウ、迎えが来た――」
そう言って振り返ったアスラが見たのは、無表情に佇む書生の姿であった。
上げた顔には何の感情も無く、何時も通りの彼が其処に居て。

「……先に、行く。」
「え? あ――」
抑揚の無い声で呟いて、ライドウがアスラの横を通り過ぎようとした。
その刹那、互いに目が合った。
が――言葉を噤み、飲み込み――結局何も言わず、視線を交し合っただけで、擦れ違う。
向こうから自分の名前を呼んで駆けてくるモコイの姿は見えていたが、しかしアスラは遠ざかっていく黒い影だけを見つめ、その場に立ち尽くすのだった。