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Ridicule Raiser

逢魔が来たりて魔笛 11


彼の者、玉座にありて。
左右に悪魔をはべらせて座る様は、まるで王のよう。

――いいや、実質”王”なのだ。
胸の前で腕を組み、目を閉じている様は一見すると眠りに落ちているように見える。
だが、侮るなかれ。
その証拠に、近づこうと足を一歩踏み出したところで彼はゆっくりと目を開けたのだから。その焦点は霞んでなど居らず、真っ直ぐにコチラを射抜く。最初から起きていたのは最早明確で、彼はその瞳を黄昏から緋色へと染めると口端に嘲弄を刻んで言葉を吐いた。

「なんだ。手土産は無しか、雷堂?」
常套句の挨拶を、先ずは一つ。雷堂は学帽の下で柳眉を顰め、吐き捨てる。
「土産だと?そんなものなぞあるわけ無かろう。」
そう返して庇越しより睨み付けてやるも、効果は無い。少年王は、くつくつと笑う。
「手ぶらだと? それは訪問する相手に対して失礼じゃないか。」
「ふん。何が”訪問”か。」
雷堂は挑発に乗らず、淡々と言い返す。
「土産の有無なぞどうでもいい。――人修羅よ。貴様、今は何をしておる。」
その質問は一見すると相手の近状を心配しているようではあるが、そうではない。声には刃が潜められている。ああ、誰が心配などするものか、というように。
雷堂の問い掛けに、少年は哂う。
「ハハッ。何を言うかと思えば。今更に俺を知りたくなったのか?」
「……御託は要らぬ。我が問いに答えよ。」
雷堂は相手の嘲弄を受ける度に顔を顰め、ともすれば踵を返しかける己を自制する。そうまでしてその場に留まり少年との会話を続けるのには、理由があった。

――「烏」の命を受けての仕事。デビルサマナーとしての役目であり、自分の意思で会いに来たわけでは決して無い。
心中で苦虫を噛む雷堂の表情を眺めながら、少年は尚も弄ぶ。

「答えたら何かくれるのか?」
とぼけた声。彼の瞳の紅玉には、やはり嘲弄の光。
雷堂の苛立ちが募る。
「ふざけるのも大概にせよ。貴様の最近の動向が知れん。――だから直接、我が訊きに来たのだ。……先を言わずとも、この意味が解ろう?」
庇の下で眼差しをきつくし、書生が警告を発する。
「意味、ねぇ?」
アスラは笑みを崩さない。足を組みかえながら、喉奥で笑う。
「相変わらず仕事熱心な書生だな。そちらで勝手に調べればいいだろうに。」
「……調べた上で分からぬから、我が此処に居る。」
「くくっ。だろうなぁ。」
「……アスラッ!」
何処までも答える様子を見せない少年――アスラに、とうとう耐えかねた雷堂が声を荒げた。しかし、それすらもアスラは面白がる。
「あっははは! そうせっつくなよ。会話を楽しむ余裕も必要だぞ、デビルサマナー?」
「貴っ……様ぁ――」
「ははっ、怖いぞ雷堂。折角の美貌が台無しだ。……なあ? お前たち。」
そう言いながら、アスラは右手に寝そべる大型の獣――フェンリルの背中を撫でた。フェンリルは同意のしるしに尻尾を振ってアスラの腕を軽く叩いたが、その視線は先程から雷堂を捕らえたままでいる。警戒しているのだ。
アスラは、それを知ってか知らずか――いいや、きっと確信した上で――今度は、左手に佇んでいる青年にも話を向けた。
「なあ、クーりんもそう思うだろ?」
甲冑に身を包んだ男クーフーリンは、しかし、フェンリルとは違った反応を見せる。
雷堂を一瞥すると、静かな声で答えた。

「私は、主のほうが美しいと思います。」
その言葉に雷堂が目を丸くするのを見て、アスラは苦笑する。どうやら、こういう反応を受けるのは初めてらしい。ナルシスト――自己陶酔型の人間でもないだろうに、それでも軽く衝撃を受けているところが可笑しい。
「く、ふふっ。盲目たる忠誠だな、クーりん。」
「いえ。私は真実を申したまでですので。」
アスラの失笑に、彼の悪魔は動じない。それどころかその場で片膝をつくと、主君の左手を恭しく取り上げてそこへ口付けを落とした。
彼の少年王、艶やかに微笑んで。
「うむ。よきに計らえ。」などと、便乗してふざける始末。
「……。」
雷堂は、そんな少年を眺めて不思議な気持ちになる。
悪魔をそうしてはべらせて従え、歪んだ笑みを絶やさない彼が、かつては普通の人間だったのだという事を誰が信じるだろう? 雷堂自身が未だに、その事実を信じ切れていないというのに。

「……ああ。結局のところ、お前は何を訊きたいんだっけ?」
唐突な質問に、雷堂は我に返った。
意識を逸らしている場合ではない。帽子の庇を下げると、軽く咳払いをして口を開いた。
「……、動向の詳細だ、と言ったであろう。貴様の姦計、謀計、あるならば早々に白状するがいい。今ならば慈悲も与えられよう。」
警告の響きと共に、外套の下で僅かに刀を押し上げた。隠さぬ牽制に、フェンリルとクーフーリンがそれぞれに身構える。
一触即発。
けれど、そこにくすくすと零れた声があった。
静かな空間である為に、全ての音は必要以上に大きく響く。故に、視線が”そこ”へ集まったのは必然だっただろう。
衆目を受けた声の主は今や金色に変じた瞳をゆったりと細めて彼らを見つめ――睥睨し、そこに先程のくすくす笑いを混じらせながら、言葉を吐いた。
「本当に毎度毎度、馬鹿素直にもほどがあるなぁ、お前は。」
「……我を愚弄しておるのか。」
「褒めているのさ。少しは、欺いてやろうとか考えないのか?」
くっくと含み笑いを混じらせながら話すアスラの口元には例の如く嘲弄の証たる三日月形の笑みが浮かんでいるが、それでも血色の瞳でないことが、雷堂を僅かに戸惑わせる。

――ああ、ヒトの様な顔をしてくれるな混沌王。アスラから目を逸らし、雷堂は考えを払うようにふっと息を吐いた。それから帽子の庇を直す振りをして視線を戻すと、きつい眼差しを向けて言い返す。

「どうせ、此方の何もかもを看破して居るのだろう。なれば虚言なぞ、何の役にも立ちはしない。」
言いながら、再度刀の柄を押し上げた。
「さあ、我が問いに答えてもらおうか混沌王。返答次第ではその身、芥に消えると思え。」
「我らが主に対し、何と言う愚行を重ねる。……主、お下がりを。ここは、我らが。」
雷堂の態度に遂にフェンリルが身構えて唸り、クーフーリンに至っては己の身でアスラを庇うようにして前に立ち、槍を構えて睨みつける。
それを打ち消したのは、やはり笑い声だった。

「くっくっく……――あーっはっはっは!」
だがその響きは昏く、重圧感がある。
声の主を見れば、相変わらず寝そべったようにして座の中央にいた。
「同じ事を繰り返すのが好きなのか、それとも学習能力が無いのか。」
笑う姿とは裏腹に、瞳は真紅に塗られ、凍て付くような殺気が篭っている。

「――俺との会話はそんなに退屈か?」
機嫌を損ねたのだ、ということを、その場の誰もが感じた。
声の重圧に先ず従ったのは、アスラの左右の仲魔である。いち早く構えを解くと、自らの主の下へ身を屈めて忠誠の姿勢へと移った。
それにつられた訳ではないが――しかし真紅の瞳の暴君を相手にするのは分が悪いので――雷堂もまた、警戒を解く。
いいや、解かざるをえなかった、というのが本音だ。妙な意地を張ってアスラの機嫌を損ねるのは無謀でしかない、と悟ったのだ。彼の少年王の力は、それほどに凄まじい。
幸いにも、本気を出した彼と遣り合ったことはないのだが、感じ取れる気配からでも相手の強さは理解出来ていた。
武器と敵意を収めた彼らを見て、アスラが「それでいい」とばかりに笑みを深める。瞳は金色へと戻り、いつもの”癖のあるヒト”に変わっていた。そうした上で、気まずそうな顔をしている雷堂を見て笑みを浮かべる。

「くくっ。雷堂、お前は少し気が短いな。さぞかし聞き込みや張り込みなどで苦労していそうだ。」
「……、貴様には関係の無いことだ。」
「確かに。お前の”仕事”なんて、ぜんぜん興味が無いしなぁ。――それに」
「それに……何だ?」
雷堂が怪訝そうに訊ねれば、アスラは、くくっと笑って。
「多少頑固なほうが、こちらとしても遊び甲斐がある。」
「……っ! この痴れ者が!」
言葉の奥に込められた”遊び”の真意に、気付いた雷堂が思わず顔を赤くして怒鳴った。
この少年の相手はどうにも苦手だ。いつも会話の支配権を奪われてしまう。
それにどうも、相手に引き摺られている感がする。これは拙い傾向だ。
聞き込みはまたの機会にしよう、と雷堂は考えた。
「ん。どうした。帰るのか。」
「む。ああ、そうだ。このまま会話をしていても、収穫の見込みは無さそうなのでな。審問はここまでだ。――失礼させてもらう。」
「――ナナキ。」
とっとと還ろう、と踵を返した雷堂をアスラが呼び止める。
無視を決め込むわけにもいかず、一応立ち止まって肩越しに振り返れば、相手が薄く微笑んで。

「今度来る時は、何かしらの土産を持って来いよ。」
「我が貴様の命に従うと思うてか。」
「でないと――俺は別の意味だと受け取るぞ。」
「別の? ……何だそれは。」
嫌な予感。
眉を顰めた書生に、与えられるは三日月の冷笑。

「土産無くその身一つで来れば、”それ”が――雷堂自体が、手土産なのだという考え方もあるだろう?」
「なっ……!」
悪戯げに細められる金色の瞳に、かつりとよろめく雷堂。
そこへ彼の悪魔、すっと目を細めて。

「だから、次に手ぶらで来たら――その時はナナキ、解っているよな?」
お前を喰ってしまうからな、と。
笑顔で告げたそれは、命令。
眼差しで思い知らせたそれは、警告。
まるで次回がその時だとでもいうように、酷く嬉しげに笑う少年のその艶麗なこと。雷堂は、ともすれば取り込まれかける錯覚に眩暈を覚えた。
「……貴様の戯言には付き合いきれぬ。」
ぎり、と唇を噛んで捕縛から逃れると、勢いよく背を向けて言い放つ。
「ともかく! 次回は、まともな情報を用意しておけよ、アスラ!」
吐き捨て、早々にその場から立ち去った。
背後で、くくっと笑う声。

賢しき悪魔。
狡猾たる混沌王。
誰が、誰が従うものか。
呟きながら、雷堂は赤い廊下を真っ直ぐに戻る。
しかしながらその心中においては、次回訪問時には”絶対に”何かしらの土産を忘れないでおこう、と確実に留めおくのだった。

――ああ。
少しずつ飼い慣らされているようで、癪に障る。

[ 地の底での逢魔 ]