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Command Call

逢魔が来たりて魔笛 14


終業の鐘の音が鳴ると同時に支度を整えた彼の書生は、誰よりも早く教室を後にした。帰ろうとする他の同輩たちの出現で廊下がごった返す前に、早足で、けれど見苦しくない足取りで颯爽と廊下を歩く。
その横顔はいつものように凛々しいが、学生らしさのそれではなく、何処か張り詰めすぎた糸のような妙なものがあった。
彼は何を緊張しているのだろう?
廊下を通り、具足箱の横を抜け、校舎裏に回って裏門に続く桜並木を歩く。人影らしきものは、まだ無い。それに、ほっとして、僅かに歩行速度を緩めた時だった。

「そんなに急いでドコ行くんだよ葛葉あ。」
気配は当に察していた。
此処に来るまでの道中、どうにも拙い技術で尾行してきた声の主は、以前より何かと書生に絡んできた者たちだ。柄の悪さが声音に、そして顔立ちに、どうにも醜悪な品格が出ている。
彼らはどうも此方を目の敵にしているようで、何かにつけてこのように絡んでくるのだが、所詮は平々凡々たる一般人。少しばかり過分な「説得」で充分撃退ができるので脅威ではない。ただ、毎回無闇に多勢なものだから、相手をするのが少々面倒で避けていただけだ。
ああ、本当に面倒なのだ、彼らは。
此方とて別に用は無いし、第一に暇ではない。なので出来るだけ遭遇しないよう気をつけていたのだが、気を抜いていたのか。
周囲、五、六人の学友たちに取り囲まれて。
けれども、当の書生は全く動じた様子が無い。覚えるどころか足を止められたことに対して不機嫌な色を混ぜ込んだ双眸で男たちを睨みつけると、溜息混じりに言った。

「よくよく飽きぬものだな。その活力、別なものへと向ければ良かろうに。」
それは率直な意見だった。
莫迦にした訳では無いが、彼らには嫌味に聞こえたらしい。男の一人が前に進み出ると、書生を睨みつけて凄む。
「相変わらず、お高く留まってやがるじゃねぇか。女たちに人気があるからって調子に乗るなよ。」
言いながら、男は腕に下げた木刀で書生の足元の砂をぱっと払った。靴にばさりと砂が掛かったが、書生は柳眉を僅かに顰めただけ。溜息を吐くと、ウンザリした様子で言い返すのは警告。
「生憎と、今日は貴様らを構ってやる暇が無い。明後日に出直すがいい。」
何処までも冷静な書生に、男たちはゲラゲラと笑い出すと木刀をそれぞれに構えて言う。
「んなこと言わねえで遊ぼうぜ。」
「お前はそこに突っ立ってるだけで良いんだからよ。」
「そうそう、俺たちが飽きたら解放してやるぜ。」
囲む人海。
それでもやはり、彼の書生には何でもない。
ふう、と溜息を吐く書生の顔に僅かな苛立ちが浮かぶ。
”こんなこと”よりも、今はとかく時間が惜しかった。今日は特に急がねばならないのだ。
だから、彼らと”遊んで”いる余裕など無いというのに。
書生の心中を余所に、男たちが迫ってくる。話し合おうにも「まともな説得」が効かぬことは重々承知していた。ならば、いつものように「説得」しなければならないのか――と、書生が面倒臭そうに身構えた時だった。

「何を遊んでいるんだ、お前は。」 
闇から滴り落ちてきたような、冷たい声が聞こえた。


◇  ◇  ◇


日が暮れるにはまだ早いというのに、周囲がぼうっと暗くなったような錯覚に陥る。
冷気。いや寒気か。
足元から背後から、底冷えのする何かが這い上がってくる。

「な、何だぁ……!?」
男たちが動揺した声を出して辺りを見回す――その視線の先に、”ソレ”は居た。
集まる注目を一顧だせず、ただ書生のみを見据えて”ソレ”は口を開く。
「何をしているんだ、と訊いている。刻限はとっくに過ぎてるぞ、雷堂。」
墨染めの着物を着た少年は、そう言って微笑みを浮かべたが、実に凄惨な表情だった。
凄み? いいやそんなものでは生温い。
書生――雷堂は、眉間に皺を寄せて唸るように答える。
「これの何を見て遊戯と思うのだ貴様は。」
「違うのか? じゃあ何だ。」
考えるように首を傾げて男たちと雷堂を交互に見遣った後、一つ頷いて。

「……ああ。告白の途中か。」
「――莫迦か貴様は!」
先程まで冷静でいた筈の雷堂は、いまや見事に感情を剥き出しにして少年と会話をしている。
それ故に、男たちの興味が少年へと向かったのは必然だった。
「おい。さっきから手前ぇは葛葉の何なんだよ。」
「ん? 俺か?」
男の一人が凄惨な目つきで睨みつける。低い声――ドスの効いた声、というのに相応しい声からの詰問に対し、少年は怖気づくことも無く答えた。

「――俺は、トモダチ、だ。」
えへんと、まるで威張るように両腕を胸の前で組んで少年が答えた。……妙に得意げな顔をしているのにどういう意味があるのかは知れないが。
雷堂が、そっとこめかみを押さえた。しかし訂正も何も言わずに顔を上げると、周りを囲んだ学友たちを見て、言う。
「……おい、貴様ら。後日相手をしてやる故、今日のところは引くがいい。」
すれば、男たちが一様に気色ばんだ。
「葛葉あ……手前ぇってやつは、ドコまで俺たちを莫迦にしやがんだ、あぁ!?」
「……愚か者が。」
木刀を構え、ぎらぎらした殺気を向けられた雷堂は酷く鬱陶しそうに息を吐くと、前方にて傍観している少年に視線を向ける。それは、先程から妙に大人しいので気になった故の一瞥だったが……その表情に浮かんでいるものを見てとると、様子など気にしなければ良かったと後悔する羽目になった。
「……アスラよ。」
「ん?」
「随分と愉しそうだな?」
「ああ。そりゃあな。」アスラが、にんまりと口端を上げて首肯する。
「決闘するんだろう? こんな面白そうな見物、そうそう無いじゃないか。」
そう続け、アハハと笑ったアスラに、男の一人が振り返った。
「手前ぇも俺たちを莫迦にしやがるかっ!」
「……うん?――ああ。」
憤怒の形相で睨みつけてきた男たちに対し、アスラは首を傾げて一考後、冷笑してみせた。明確な嘲弄を浮かべ、そして確実な言葉を吐く。

「莫迦にするも何も、お前たちは莫迦だろう。」

すっぱりと言い切ったアスラに、雷堂がくらりと眩暈を起こす。その眼前で展開されている会話は、”雷堂”とではなく、”アスラと男たち”となり変わっていた。
冷ややかな眼差しに一握の侮蔑を混ぜ込んで、アスラは言う。
「力量差が測れないのはともかく、多勢に無勢で何となると思っているなら、お前たちは正しく愚か者だろうが。それとも、多勢でなければいけない理由が別にあるのか? あるなら教えろ。聞きたい。聞いてやる。」
「て、手前ぇ……!」
彼の少年は笑みを絶やさず飄々とした口調で嘲笑うので、男たちの顔色はどんどん赤くなる。羞恥もあろうが、大半は盛大な怒りからだろう。しかしアスラは気色ばむ男たちなど全く気にしていないらしく、尚も嘲る。
「それとも、順々に一対一で決闘する気だったのか? ……ああ、そのつもりなら是非ともそうしてくれ。そのほうがずっと愉しめる。」
にこにこと笑い、男たちに話し掛けるアスラを見て雷堂はぞっとする。男たちの敵意に気付いているだろうに、煽る言葉を吐いているその真意がどうにも測りかねない。
このまま、この少年と彼らを接触させてはいけない気がした。
「……アスラ。」
「ん。何だ?」
「向かうのは、いつものカフェーであろう? ……行くぞ。」
男たちの隙を突いて囲みから抜けだした雷堂が、そう言ってアスラの腕を掴んで歩き出そうとした。
それが、引き金となった。
「……待ちやがれぇぇっっ!」
増幅した敵意が弾ける。激昂した男の一人が近づいてきたかと思うと、アスラに向かって勢いよく木刀を振り上げた。

「……っ――阿須羅っ!」
「お」
雷堂に真名を呼ばれた少年が、背後を振り返る。
そこへ影が落ち――がつり、と嫌な音を立てて、それは振り下ろされた。

ゆっくりと光景が回る。
ぱっと散った赤が舞い、その内の紅玉が地面へ――。

……ぽたり。

アスラの足元の影が一瞬ぐらりと揺れた。
かと思った次の瞬間、まるで煮えたぎった湯のように闇がごぼりと噴出した。

「うっ……うわあああああっっ!?」
「な、なんだよコレ――……ぎゃあっ!」
ぐらついたアスラの身体を支えた雷堂は、悲鳴が聞こえた方に視線を向けたが……そこで、息が止まった。

それは、どう言い表せばいいのだろう。
影の一つは木刀を持った男に圧し掛かっており、別の影は取り巻きの男を殴り飛ばしていた。……地面に滴る影から溢れ出たものは、闇だけではなかったようだ。
悪魔、妖精、鬼、妖魔。
識るもの、見知らぬものが居るが、それらに付ける名前ならば知っていた。
――「悪魔」だ。
数え切れぬ程の悪魔に、周囲を取り囲まれていた。
赤、赤、赤。血のようにべっとりとした視線が、輪の中央に居る彼らを爛然と凝視している。
しんと静まり返った空間、他に音は無く。雷堂が通っている学校の建物は、周囲の木々は、光景は、今やすっかり黒ずんだ赤で彩られており日常を無くしていた。
一体、何が。
止まる思考。だが直ぐに答えが出た。

「異界……の中に、在るのか?」
「んー……ちょっと違う。が、正解にしといてやろう。」
雷堂の呟きに応じたのは、抱きとめた腕の中の少年である。
「……っ、はは。こういう感覚、は……久し振りだな。」
アスラが右側頭部を擦りつつ、ふうと息を吐いた。
こめかみが赤くなっている。切れたのだろう、血が一筋。雷堂が、眉根を寄せる。
「……無事、か?」
「当たり前だ。」
見上げたアスラが笑みを返すが、それは嘲弄ではなく苦笑だった。
「お前が目立つなとウルサイからヒトに化けてやったら、コレだ。」
どうしてくれる、と顔を顰めてみせるが、余裕の笑みを浮かべているところから察するに、大事には至らなかったようだ。
ほっと安堵する雷堂。その視線に気付いたアスラが、口元を吊り上げる。
「ククッ……心配したか?」
「……戯言を。」
素直でない。
アスラは雷堂に背中を支えられて傾いた体勢を立て直すと、周囲を見回した。
相変わらずの、赤、赤、赤。
ありとあらゆる悪魔がたった一人の少年王にかしづいている。雷堂には胸の悪くなる光景だったが、彼らの王――アスラが上げるは、感嘆の声。
「壮観だな。」
「何を暢気なことを!」
声を荒げた雷堂に、悪魔たちの視線が集中する。
敵意。殺意。関心。無関心。様々な視線は在れど、友好的なものは一つも無い。襲撃に備えて雷堂が身構えて刀に手を掛ければ、それを押し止めるものがあった。

「構うな。俺の仲魔だ。」
「……何だと?」
訝しむ眼差しを向けた雷堂に、アスラは喉奥で笑う。
「血が落ちたから馳せ参じた、というところだな。俺の仲魔はどうにも過保護でいけない。――なぁ、クーりん?」
肩越しに声を投げたアスラの背後に、一人の青年の姿が在った。
甲冑を身に纏い、長い黒髪をなびかせた青年は、アスラの言葉に柳眉を顰める。しかし、それが表しているのは不快という感情ではないようだ。

「主の御身を懸念せぬ僕が、何処に居りましょう。」
静かな声の吐露と共に、クーりんと呼ばれた青年はアスラの頭部にそっと手を当てた。懐中より取り出したハンカチに何かを染み込ませると、それで既に渇き始めている血を拭い始める。
「いたた。クーりん、痛いぞ。」
「申し訳ありません。ですが、少々我慢して下さい。」
「いやいや、後で水で洗うから大丈夫――……ケルベロス、待て!」
話の途中、何かを見つけたらしいアスラが、ある方向を片手でさっと裂いて声を飛ばした。その腕が差す方向を視線で追いかけた雷堂は、そこで男に圧し掛かっている大型の獣を見つける。
獰猛たる地獄の番犬、それは。
「……フェンリル!?」
「たった今、”ケルベロス”だと言っただろうが。」
第一それは狼であれは犬だ、と呆れた声で書生の間違いを訂正した怪我人は、そのままケルベロスに向かって叫んだ。
「止めておけ。ソレは美味しくないぞ。」
アスラの言葉に、ケルベロスが唸り返す。
「コイツラ、オマエ、キズツケタ。……オレサマ、コイツラ、丸カジリ!」
咆哮し、ケルベロスは足蹴にした男に顔を近づけた。
「……っ!」
雷堂が刀の柄に手を掛けた、その時――。

「――ケルベロス。」
実に静かな声が、名前をなぞり上げた。
それだけで、ケルベロスがハッとした様子で顔を上げる。
声音は柔らかかったが、奥底に覗いた深淵を嗅ぎ取ったのだろう。男を見下ろし、アスラを見上げ、躊躇い――そうして、最終的にはゆっくりと男から離れていった。その動作に、アスラが微笑する。
「良い子だ。後で俺の気を分けてやる。……それで良いな?」
提案に、ケルベロスは歓喜の声を上げてアスラに駆け寄った。己の元へ走って来た獣の頭を撫でて笑う少年に、傍らの書生は暫く眉間を揉んで沈黙していたが、やがて溜息混じりに言葉を吐き出した。
「……アスラよ。」
「どうした、疲れた顔をして。ああ、そういえば遊ぶ予定だったな。――クーりん。」
治療が終わったのを見計らい、アスラは青年に振り返って告げる。
「俺たちはコレから予定がある。お前たちは帰って良いぞ。」
「承りました。……が、あの者らは如何致しましょう。」
青年が片手で差したのは、地面に倒れている雷堂の学友たちである。
全員、先程からピクリとも動かない。……気絶しているだけだと願いたいが。
雷堂の杞憂を知ってか知らずか――気付いているのだろう、口元に嘲弄を浮かべ――混沌王は青年に告げた。
「適当に捨てて来い。」
「――阿須羅っ!」
あまりにも無造作な物言いに、雷堂が噛み付いた。その態度に、すうと目を据えた青年が背負った槍に手を伸ばせば、アスラが軽笑を響かせて説明を繋げる。
「早合点するな。人目のつかない場所に置いて来るだけだ。心配するな。」
「……彼らも、一応は帝都に住まう者たちだ。我が継ぎ名の前で、ヒトに害を為そうとしているものは捨て置けん。」
雷堂が低い声で告げ、刀の柄に手を置いた。百鬼夜行の中に在ることも構わずに。
忽ちのうちに周囲の敵意が増幅し、雷堂に多くの唸り声が、呪詛が浴びせられる。
純然たる殺意。それでも毅然とした態度を崩さない書生に、アスラは目を細めて呟きを零す。
「……やっぱりお前は面白いなぁ。」
「なっ……!」
うっとりとした眼差しを向けられて、雷堂は困惑した。その間隙を突いて一気に距離を詰めたアスラは、彼の書生の顎を掴み上げて哂う。
「殺さなければいいんだろう?」
「ぐ、……そう、だが。」
「じゃあ、捨ててくるのは構わないな?」
「”捨てる”などと言うでない!」
「放り投げた方が良いか?」
「阿須羅っ!」
「ははっ。――冗談だ。」
「んっ……!?」
激しさを増す気性を宥めるようにアスラが唇を塞いでやれば、相手はぎょっと身を固くする。逃げられないことは分かりきっているようで――ああ、何度も教えた甲斐がある――雷堂は、そのまま大人しく口付けを受け入れた。
その反応に目を細め、アスラは唇を離してから会話の続きを繋ぐ。

「取り合えず、”置いて”来るぞ。生の保証はしておいてやるから、それ以上は喚くな。」
「……その言葉、違えぬか?」
「こんなツマラナイ嘘を吐いたって仕様が無いだろう。……クーりん。」
「はっ。」
「深川に空き地がある。其処にアレを纏めて捨てて来い。そうそう、傷も何も付けるなよ。」
「しかし、彼らは主に……」
「――クーフーリン。」
「……主が命、承りました。――では、我らはこれで。」
「ん。」
男たちを担ぎ上げ、闇の中に消えゆく彼らに片手を振って見送ったアスラは、くるりと雷堂に向き直って口を開く。

「よし。じゃあ行こうか雷堂。」
「……?何処へだ。」
態度の急変振りに戸惑いながらも首を傾げて訊ねれば、アスラは片眉を上げて雷堂を見つめた。
おいおい、もう忘れたのかと肩を竦めて彼の少年は言う。
「カフェーに行くんだろう。」
「……あ、ああ。そうであったな。しかし、随分と時間を食ってしまったので遠出は出来んぞ。」
「それは俺の知るところじゃないんだが?」
「……。夕餉の支度と、踏査の報告を纏めなければならんのだ。」
「デビルサマナーも面倒だな。しょうがない、近場で我慢してやろう。」
どうやら、強引に事を進める気は無いようだ。簡単に譲歩したアスラに、雷堂は苦笑を零す。いつもこのように気遣ってくれれば実に有り難いのだが。
「では、行き先は富士子パーラーか?」
「今日は和風の気分だな。」
「ならば……釘善か。そういえば、桜餅が品書きに出ておったな。」
「桜餅が? ……それは吉報だ。」
呟いたその横顔の、嬉しそうなこと。雷堂が笑みを浮かべれば、視線に気付いたアスラが横目で見返して笑った。
肩を並べ、彼らは赤い世界を抜けて現世へ戻る。

「――雷堂。」
「何だ。」
「今度は俺を呼べ。」
何の違和感も無く舞い戻った往来で、不意にアスラがそう言った。
相手を一瞥した雷堂が、困ったように微笑する。
「それは出来ぬな。」
「何故? 面倒だろう。」
「全てが良き事ばかりではない。ああした妬み、嫌悪などの悪しきことも感受し、己が力で解決してこそデビルサマナーなのだ。」
凛呼として答えた雷堂を見つめて、アスラは口元を歪める。

この書生は光を信じ、真っ直ぐ前を見て進むのだろう。
その道に、先があるかどうかも分からないのに。
その先が、ずっと光で照らされている保証はないというに。

時々、あまりにも純粋に己が使命を語るものだから、真たる絶望で叩きのめしてやりたくなる。
最たる深淵を覗き込ませてやろうかと考える。
その身体を、その未来を、血と絶望に染められたその時、まだそうした言葉が吐けるのだろうか。
彼の人は、蟲毒たる孤独に侵食されてもそのままで居るのだろうか。
血塗れのデビルサマナーが闇に沈み行く様を妄想する。
闇に溺れ、浸食され、足掻いても足掻いて抜け出る事の出来ない深遠に叩き落してみたら――と。

――考えるだけだ。実行する気は無い。
……今のところは。

「まあ、お前の運命だ。好きに生きれば良いさ。」
そう告げて、空を仰ぐ。
彼の書生のその未来。
辿りつく先はさて希望か絶望か。

少しだけ、光が残っていれば良いな、とアスラは思った。

[ 召き喚ぶは闇色の真紅 ]